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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)587号 判決

原告 佐々木元子 外六名

被告 社団法人日本鉄鋼連盟

主文

1  被告は、原告村松てる子に対し金六万四八〇〇円、同菊橋浩子に対し金一六万九二〇〇円、同高柳雅子に対し金五万一一〇〇円、同佐々木元子に対し金六万八九〇〇円、同佐々木映子に対し金一〇万五〇〇〇円、同榎由紀子に対し金一三万九六〇〇円、同船戸洋子に対し金九万二五〇〇円及びこれらに対する昭和五三年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告佐々木元子の訓戒処分の無効確認の訴えを却下する。

3  原告らのその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告佐々木元子(以下「原告元子」という。)に対して金八〇万九九〇〇円、同菊橋浩子(以下「原告菊橋」という。)に対して金二一三万七五六〇円、同村松てる子(以下「原告村松」という。)に対して金五二〇万一八〇〇円、同佐々木映子(以下「原告映子」という。)に対して金一三万一一〇〇円、同榎由紀子(以下「原告榎」という。)に対して金一八万九二〇〇円、同船戸洋子(以下「原告船戸」という。)に対して金一二万五八〇〇円、同高柳雅子(以下「原告高柳」という。)に対して金七万八一〇〇円及び右各金員(原告村松についてはその内金一一二万九二〇〇円、同菊橋についてはその内金二二万八〇〇〇円)に対する昭和五三年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告元子が、被告に対し、資料情報室において司書としての職務に従事する労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

3  被告は、原告元子に対し、昭和五二年九月一日から同原告を資料情報室司書職務に復帰させるに至るまで、毎月末日限り金五万円を支払え。

4  被告が原告元子に対し昭和五二年九月一六日付けでした訓戒処分は無効であることを確認する。

5  被告は、縦一〇三〇ミリメートル、横一四五六ミリメートルの枠組で、原告元子に対する別紙記載の内容の謝罪文を、被告事務局内受付の掲示板に本件判決確定の日の翌日から一か月間にわたり掲示せよ。

6  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第一項及び第三項について仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の申立て)

1 原告元子の訓戒処分無効確認の訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告元子の負担とする。

との判決を求める。

(本案の申立て)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

(男子職員との賃金の差額請求)

1 当事者

被告は、鉄鋼業の健全な発展を図り、もつて我が国経済の成長と国民生活の繁栄に寄与することを目的とし、その目的を達成するために次の事業を行う公益法人たる社団法人であり、かつ、事業者団体であるが、その会員は、鉄鋼業を営む四八社及び関係の二団体である。

(一) 鉄鋼の生産及び需給に関する調査研究

(二) 鉄鋼の技術労働その他経営の改善合理化に関する調査研究

(三) 鉄鋼業に関する資料統計の作成

(四) 鉄鋼業に関する情報の収集及び提供

(五) 鉄鋼業に関する広報

(六) 鉄鋼業に関する意見の表明並びに具申又は答申

(七) 鉄鋼業にかかわる環境の整備保全の推進

(八) その他目的を達成するため必要な事業

原告らはいずれも被告事務局の職員であつて(ただし、原告榎は昭和五五年四月三〇日に、同高柳は昭和五六年七月二四日にそれぞれ退職した。)、その採用の時期、学歴、年令等は次のとおりである。

氏名

採用時期

学歴

採用時年令

初任給

採用

榎 由紀子

四四年 四月 一日

新潟県立佐渡高校

一八

二四、〇〇〇円

定期採用

菊橋浩子

四四年 七月 一日

日本女子経済短期大学

二四

三二、〇〇〇円

中途採用

佐々木映子

四六年 二月一五日

山形県立寒河江高校

二一

三〇、六〇〇円

中途採用

村松てる子

四六年一〇月 一日

早稲田大学教育学部

二三

三九、〇〇〇円

中途採用

舟戸洋子

四七年 四月 一日

私立吉祥女子高校

一八

四〇、〇〇〇円

定期採用

佐々木元子

四八年 六月 四日

札幌香蘭女子短期大学

二三

五二、五〇〇円

中途採用

高柳雅子

四八年 四月 一日

千葉市立高校

一八

五八、〇〇〇円

定期採用

2 男女の賃金差別

(一) 昭和五〇年度から五二年度までの間の基本給の上昇率及び一時金の支給係数における差別

被告は、女子職員の賃金について、基本給の上昇率及び一時金の支給係数について男子職員と差別的取扱いをしており、原告らが所属している日本鉄鋼連盟事務局労働組合(以下「組合」という。)が男女同一賃金を要求しているのにもかかわらず、これを拒否して男女別の賃金協定を押しつける態度に終始しているため、組合は、昭和五〇年度から五二年度の間、次のとおり女子を男子より不利益に取り扱う賃金の引上げ及び一時金支給の協定を締結せざるを得なかつた。

(1) 昭和五〇年度賃金基本給(同年四月一日実施)

算出式 四九年度基本給×上昇率

上昇率は次の表の数値に一率に〇・四%を加えたものである

男子

女子

主任

一四%プラス二・八%

主任

一四%プラス二・八%

勤続三年以上

一四%プラス二・九%

勤続八年以上

一四%プラス一・四%

勤続三年未満

一四%プラス二・〇%

勤続八年未満

一四%プラス〇・四%

(2) 昭和五〇年度冬季一時金(同年一二月一一日支給)

算出式 五〇年度基本給×支給係数+成績加給

支給係数は次のとおりである。

男子

女子

主任

二・九七

二・七七

勤続三年以上

二・七七

二・六四

勤続三年未満

二・六七

二・六〇

(3) 昭和五一年度賃金基本給(同年四月一日実施)

算出式 五〇年度基本給×上昇率

上昇率は次のとおりである

男子

女子

主任

一一・〇%

一一・〇%

三〇才以上

一一・〇%

一〇・五%

二七―二九才

一〇・〇%

九・五%

二三―二六才

九・五%

九・〇%

二二才以下

八・五%

(4) 昭和五一年度夏季一時金(同年七月九日支給)

算出式 五一年度基本給×支給係数+成績加給

支給係数は次のとおりである

男子

女子

主任

二・九七

二・七七

勤続五年以上

二・七七

二・六四

勤続五年未満

二・六七

二・六〇

(5) 昭和五一年度冬季一時金(同年一二月九日支給)

算出式 五一年度基本給×支給係数+成績加給

支給係数は次のとおりである

男子

女子

主任

二・八九

二・六九九

勤続五年以上

二・六九九

二・五七

勤続五年未満

二・五七

二・五〇

(6) 昭和五二年度賃金基本給(同年四月一日実施)

算出式 五一年度基本給×上昇率

上昇率は次のとおりである

男子

女子

主任

一一・〇%

一一・〇%

三〇才以上

一一・〇%

一〇・五%

二七―二九才

一〇・〇%

九・五%

二三―二六才

九・五%

九・〇%

二二才以下

八・五%

(7) 昭和五二年度夏季一時金(同年七月一三日支給)

算出式 五二年度基本給×支給係数+成績加給

支給係数は次のとおりである。

男子

女子

主任

二・七九

二・五九九

勤続五年以上

二・五九九

二・四九

勤続五年未満

二・四九

二・四五

(8) 昭和五二年度冬季一時金(同年一二月九日支給)

算出式 五二年度夏季基準支給額(五二年度基本給×支給係数)×倍率+成績加給+特別手当

倍率は次のとおりである

主任      一・〇三三

勤続五年以上  一・〇三〇

勤続五年未満  一・〇二七

(二) 主任への昇格の差別

被告は、主任への昇格につき、男子職員と女子職員とを区別して取り扱い、男子職員については大学卒業者で採用八年目に、高校卒業者で採用一三年目に全員主任に昇格させているが、女子職員については、これと同様の昇格を行つていない。

(三) 初任給における差別

被告は、女子職員の初任給の額を男子職員のそれより低額としており、例えば、大学新卒者を例にとると、昭和五〇年度では男子は八万八〇〇〇円であるのに、女子は七万六〇〇〇円であり、昭和五一年度では男子は九万三〇〇〇円であるのに、女子は八万円である。

3 原告らの差額賃金請求権

右のような被告の原告らに対する賃金差別は、いずれも原告らが女子であることを理由とする差別的取扱いにほかならないことが明白であつて、労働基準法(以下「労基法」という。)四条に違反するから、労働協約及び労働契約のうちこの差別的取扱いに関する部分は無効である。そして、この無効となつた部分は同法一三条によつて、被告が男子職員について支給した基準に基づいて決定されなければならないのであるから、原告らは被告が男子職員に支給した基準に基づいて算出した金額と現実に原告らに支給された賃金との差額について賃金請求権を有するものというべきであり、その具体的内容は次のとおりである。

(一) 原告村松

原告村松は、前記のように大学卒で昭和四六年度採用であるから、同年採用の大学卒男子に支給された賃金と比較すると、昭和五〇年度(以下において年度というのは、当該年の四月から翌年の三月までをいう。)以降昭和五七年度までの基本給についての差額は別表差額一覧表(一)の〈1〉基本給欄に記載したとおり合計二一五万四〇〇〇円となる。また、同原告は採用八年目の昭和五四年四月以降主任に昇格したものとして取り扱われるべきであるのに昇格がされず、主任手当の支給もされていないから、同年以降の主任手当を請求し得るところ、その額は、同年から昭和五七年までで同表の〈2〉主任手当額欄に記載のとおり合計一〇〇万八〇〇〇円となる。更に、一時金についての差額に関しては、一時金の計算の基礎には主任手当が加算されるので、昭和五四年以降はこれを加算し、成績加給について標準となるBランクにあるものとして昭和五三年度は四パーセント、昭和五四年以降は五パーセントを加算することによつて算出すると、昭和五〇年夏季から昭和五七年冬季までの合計は同表〈3〉一時金欄のとおり一九三万七二〇〇円となる。

(二) 原告菊橋

(1) 昭和五〇年度から五二年度までの基本給及び一時金

昭和五〇年度から五二年度までの三年間に同原告が支給された賃金と同原告と同一条件(同年令又は同一勤続年数)の男子職員につき前記2の(一)記載の基本給上昇率及び一時金支給係数で計算した賃金との差額は、別紙差額一覧表(二)の〈1〉及び〈2〉記載のとおりである。

(2) 昭和五三年度から五七年度までの主任手当及び一時金における主任手当加給分

原告菊橋は、前記のように短大卒で昭和四三年度採用であるところ、男子職員には短大卒はいないが、男子職員は、前記のように高卒では採用一三年目、大卒では八年目に主任となるから、短大卒では一〇年目に主任に昇格するはずのものということができるので、同原告は昭和五三年度に主任に昇格したものとして主任手当を請求することとし、その額は同表の〈3〉主任手当欄のとおり一二二万四〇〇〇円となる。更に一時金について原告村松の場合と同様に主任手当及び成績加給に係る部分の差額の加算を行うと、その差額は同表の〈4〉一時金欄のとおり六八万五五六〇円となる。

(三) 原告元子、同映子、同榎、同船戸及び同高柳

昭和五〇年度から昭和五二年度までの間に右原告ら五名に支給された賃金と、右各原告らと同一条件(同年令又は同一勤務年数)の男子職員について前記2の(一)記載の基本給上昇率及び一時金支給係数によつて算出した賃金との差額は、別表差額一覧表(三)ないし(七)の各原告欄に記載したとおりとなる。

4 よつて、原告らは、被告に対し、右各差額金の支払を求める。

(原告元子に対する配転命令の無効と損害賠償)

1 原告元子は、司書となる資格(以下「司書資格」という。)を有しており、昭和四八年六月に都立飯田橋職業安定所優能婦人センターの紹介によつて司書資格を有する職員を求めていた被告の事務局資料室(現資料情報室)の司書職務に従事する職員として採用されたものであり、原告元子と被告との間には明示的に又は少なくとも黙示的に被告の資料室において司書職務に従事することを内容とする労働契約が締結されていた。

2 被告は、昭和五二年九月一日元子に対し原料部業務課への配転を命じた(以下「本件配転」という。)。

3 原料部業務課における元子の職務は男子職員の指示による計算や会議資料のコピーとり、会議の会場設営、会議出席者の弁当の注文等単純で補助的な職務に限定され、会議への出席は「男の世界だから女は入つてはならない」と拒否されているのであつて、従前元子が従事していた司書職務とはまつたく関係がないうえ、人間らしく自己の意思と能力に応じて働くという憲法二七条が保障する労働権を日々侵害されている。

4 被告の本件配転命令は当初の労働契約で定められた職種を変更するものであるから、原告元子の同意がなければ有効に発し得ないところ、原告元子の拒絶にかかわらず強行されたものであつて労働契約に違反し、無効である。また、被告は、女性をすべて事務補助職に固定し、これまでの賃金差別を実質的に維持しながらそれを性による差別ではなく職務による差別であるとして合理化しようとする不当な意図の下に、これまで司書という専門職に従事していた原告元子から一方的に司書の職務を奪い、男子の事務を補助する典型的な事務補助職に従事させることを企図して本件配転を行つたものであるから、性を理由とした労働権の侵害であり、その差別的取扱いは憲法一三条、一四条、二七条、民法一条の二、九〇条に違反し、無効である。

5 原告元子が被告によつて司書の職務を奪われ、男子職員の補助職として女性であるが故の差別を受けていることによつて被る精神的損害は甚大であり、これを金銭に評価すれば、少なくとも毎月五万円は下らない。

6 よつて、原告元子は被告に対し、同原告が資料情報室において司書としての職務に従事する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と、本件配転の日から同職務に復帰するまでの間毎月五万円の慰謝料の支払を求める。

(訓戒処分の無効と損害賠償等)

1 被告は、昭和五二年九月一六日、原告元子に対し、本件配転命令の辞令の受領を拒否したことが業務命令に違反し、職場秩序を乱したとして訓戒処分を行つた。

2 しかし、本件配転命令は前記のとおり違法、無効のものであるから、その辞令を受領しない行為は正当であつて何ら非難されるべきものではないし、また、辞令の受領を拒否した態様自体も平穏なもので、かつ、短時間にとどまるものであつたから職場秩序を乱したこともなく、訓戒処分を行うに足りる理由は全くない。

3 本件の訓戒処分によつて原告元子は著しく名誉をき損され、また、被告はこの訓戒処分の理由とされた事実及び訓戒処分を受けた事実を理由として、昭和五二年度冬季一時金の成績査定において、通常では最低でもBランクとされるのにCランクという最低の格付けを行い、Bランクに査定された場合に較べて二〇〇〇円の減額を行つた。また、原告元子が本件の訓戒処分を受けたことによつて被つた精神的損害は金一〇万円を下らない。

4 よつて、原告元子は被告に対して、被告の不法行為による損害賠償請求権に基づき右金一〇万二〇〇〇円の支払と原告元子の名誉回復措置として別紙記載のとおりの謝罪文の掲示を求める。

(弁護士費用)

原告らは、本件の賃金差別の是正並びに配転命令及び訓戒処分の撤回について、組合を通じあるいは自らが何回となく交渉を行つてきたのに対し、被告は一切これに応じることがなかつたので、やむを得ず本件訴訟を提起した。本件訴訟の追行のためには代理人として弁護士を選任することが必要であるので、原告らは、代理人として弁護士を選任し、請求額の一〇パーセント(ただし請求額一〇万円未満の請求については一万円とし、一〇〇円未満は切り捨てる。原告村松及び同菊橋の基本給及び一時金の差額請求については昭和五三年度以降の分に相当する分は請求していない。また、原告元子の配転命令の無効及び訓戒処分の無効に関する請求の価額を各金三〇〇万円と算定した。)を手数料及び報酬として支払う旨を約した。これは、被告らの債務不履行ないし不法行為により原告らが受けた損害であるから、原告らは弁護士費用として、原告元子において金六一万九〇〇〇円、同菊橋において金二万〇七〇〇円、同村松において金一〇万二六〇〇円、同映子において金一万一九〇〇円、同榎において金一万七二〇〇円、同船戸において金一万一四〇〇円、同高柳において金一万円を請求する。

(むすび)

よつて、原告らは被告に対して請求の趣旨記載(原告らの被告に対する賃金等あるいは損害賠償の請求については、原告ら各自の請求金額(ただし、原告村松については内金一一二万九二〇〇円、同菊橋については内金二二万八〇〇〇円)に対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年二月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を含む。)のとおりの判決を求める。

二  訓戒処分無効確認の訴えについての本案前の主張及び原告の反論

1  被告の本案前の主張

原告元子に対して被告が行つた訓戒は懲戒処分ではなく、上司が部下職員の服務について当該職員が将来再度同様の行為を繰り返さないように戒めるという指導監督のための具体的措置にほかならないのであり、また、訓戒を受けたからといつて直ちにその昇格や昇給に影響を及ぼすものでもないから、これを原告元子の法律上の地位又は利益に関する処分ということはできない。従つて、訓戒処分の無効確認を求める利益はないものといわざるを得ないから、この点についての訴えは不適法として却下されるべきである。

2  本案前の主張に対する原告元子の反論

被告の就業規則によれば、三五条に掲げられる行為を行つたときは三七条により懲戒処分に処せられるものとし、ただ三八条においてその行為が軽微であるか又は特に情状酌量の余地がある場合には懲戒を免じて訓戒処分にとどめるものとされている。従つて、訓戒処分は企業内秩序を維持するための懲罰である懲戒処分の程度の軽いものであつて懲戒処分に準ずるものと解され、直接これによつて何らかの法律効果を生じるものではない事実行為ではあるが、昇給昇格の延伸等の不利益を伴う懲戒処分の一種であるけん責処分とは単なる程度の相違が存するにすぎないものであるから、訓戒処分を受けることによつてもけん責処分の場合と同様に被処分者の具体的権利又は利益が侵害される危険性が十分にあるので、その無効の確認を求める利益が存するものというべきである。被告は訓戒処分によつては当然に何らの不利益を生ずるものではない旨主張するが、訓戒処分が単なる指導監督のための措置であるとするならばこれをあえて就業規則上の懲戒の章に規定する必要はないのであつて、就業規則に規定された以上、訓戒処分を受けたこと自体あるいはその処分の反復累積によつてその後における労働契約上の地位等に不利益を及ぼすことが当然予想されているというべきである。

三  請求原因に対する認否

(男子職員との賃金の差額請求について)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実中、昭和五〇、五一年度の大学新卒採用者の初任給の額が原告ら主張のとおりであること、及び、昭和五〇年度から五二年度までの基本給の昇給及び一時金の算出方式が原告ら主張のとおりであり、これに基づく支払が行われたことは認めるが、その余の事実は否認する。

後述するとおり、被告は事務局職員を、採用後基幹的業務を与えることを予定している「基幹職員」と補助的定型的業務を与えることを予定している「その余の職員」という二種類の者に分類し、両者は、採用の対象や選考の方式、手続を全く異にしており、これに伴つて、両者の処遇についても差異を設けている(以下これを「二本立職務体系」という。)のであつて、このような処遇の差異は合理性を有するものであり、原告らが主張するような男女差別を行つているものではない。なるほど、昇給率や一時金支給係数等の協定締結にあたり男子、女子という表現をしたことはあるが、これは組合の要求がこのような文言を使つて行われたこと及び右二本立職務体系下における現在の実態に即して「基幹職員」を男子とし、「その余の職員」を女子として表現したにすぎず、性による差別を定めたものではない。また、主任への昇格について被告には大卒男子職員は採用後八年目に、高卒男子職員は採用後一三年目に一律に主任となるという内規も慣行も存在しない。「その余の職員」については他社の職歴を含めて二〇年以上の職歴と勤務成績を総合勘案して所定の手続を経て主任に登用するか否かを決しているのであつて、主任を命ずる旨の被告の発令行為がないのに単に一定の勤続年数が経過したことにより当然に主任に登用されることはあり得ない。

3 同3の事実中、一時金の算定基礎が基本給に主任手当を加算したものであること、Bランクの加給率が昭和五三年は四パーセント、昭和五四年以降は五パーセントであること、原告菊橋と同年度採用の短大卒男子がいないこと及び原告らに対する基本給及び一時金の支給額が原告ら主張のとおりであることは認める。その余の事実は否認し、法的主張は争う。

原告らは右のような二本立職務体系が男女差別であるとして労基法四条に基づき、あるいは同法一三条を媒介として、原告らに本来支給されるべきであつた賃金との差額を請求している。被告のこのような二本立職務体系は後述するとおり性を理由とする差別ではないのであるが、仮にそうであるとしても原告らの差額請求の主張は失当である。すなわち、同法四条は女子であることを理由として賃金について男子と差別することを禁止するものにすぎず、使用者に男子の賃金との差額の支払義務を負わせることを定めているものではない。そもそも、職員各人の賃金の額は使用者である被告が所定の手続に従つて職員各人の賃金額を具体的に算出した上これを各職員に告知することによつて初めて決定されるものと解すべきであつて、使用者のこのような行為もなく自動的に職員各自の賃金が決定されるなどということはあり得ないのであるから、原告らが主張する本来支給されるべき賃金額というものは存在しないのである。この点について、原告らは同法一三条の補充的効力によつて被告が男子職員に支給した基準によつて原告らの本来支給されるべき額も定まる旨主張するが、同条のいう「この法律で定める基準」とは同法に具体的基準が定められている場合にその基準が適用されることを意味するにとどまるものであつて、同法の基本精神を示した同法四条の規定がそれ自体直ちに同法一三条の「この法律で定める基準」に該当するとはいえないし、原告らと職務の内容や能力、採用の要件を異にする基幹職員について支給した基準がそのまま同条の「この法律で定める基準」に該当することになるものではない。

(原告元子に対する配転命令の無効と損害賠償請求について)

1 請求原因1の事実中、原告元子が昭和四八年六月に飯田橋職業安定所の紹介によつて被告に採用されたこと、同原告が資料情報室に勤務していたことは認めるが、同職業安定所に優能婦人センターがあり原告元子がその紹介を受けたことは知らない。その余の事実は否認する。被告においては司書職という専門職はなく、一般の「その余の職員」と同様に事務局職員として採用したにすぎないから、原告元子が資料室において司書職務に従事することを内容とする労働契約が締結されたことはない。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実は否認する。原料部業務課における原告元子の職務は補助的定型的業務を担当することを予定している「その余の職員」が担当している業務と格別異なることなく、同原告は、会議関係業務としてエネルギー転換ワーキンググループ関係の補助的業務、統計の補助的業務、簡単な手紙や資料についての英文和訳及び同課における図書、入手資料や会議関係資料のフアイリング業務を担当している。これらの業務は、従前資料情報室において原告元子が担当していた図書等の管理保管、閲覧者への閲覧手続といつた単純な定型的業務に比して程度が劣るものではなく、むしろ鉄鋼業界の状況を知る上では有利な職場に配置されたと評し得るものであつて、何ら不当とされるものではない。

4 請求原因4の主張は争う。原告の主張は同原告が司書という専門職にあつたという誤つた前提に基づくものであつて到底容認し得ないものであるし、また、憲法一四条、二七条等の基本的人権の保障は私人相互間の関係を直接規律するものではなく、労基法三条は性による差別を規制しているものではないから、いずれにしても失当である。

5 同5の事実は否認する。

(訓戒処分の無効と損害賠償等の請求について)

1 請求原因1の事実中、被告が原告元子に対し訓戒を行つたことは認めるが訓戒が処分であることは否認する。

2 同2の事実は争う。

3 同3の事実中、昭和五二年度冬季一時金の成績査定において原告元子がCランクとされたことは認めるが、その余の事実は争う。原告元子がCの評価を受けたのは、同人の資料情報室及び原料部業務課における執務状況の評価、特に本件配転命令に素直に従わなかつたばかりかその後においても反抗的であり、むしろ被告に反発して出退勤が正常でなく仕事を頼むと何故こういうことを自分に頼むのか等と反抗して勤労意欲が欠如しているような勤務態度を示したことを総合的に評価して判断されたものである。

(弁護士費用請求について)

すべて争う。

四  抗弁

(男子職員との賃金の差額請求について)

1 被告の組織と活動

被告の目的及びその行う事業は請求原因において原告らが主張しているとおりであるが、その活動の特徴は、会員各社の共通の利害にかかわる諸問題について常時調査研究を行い、業界に生起する問題についてその都度対策を立案検討して関係方面に意見を具申し、その実施を促進する政策活動に重点を置いていること、並びに、その活動領域が広く世界の経済及び通商を中心とする鉄鋼関連諸問題にまで及んでいて、それらの事項について我国の鉄鋼業を代表する立場において意見を発表したりその他の諸活動を行つていることにある。このような事業の遂行のために、被告には、会員会社間の連絡、協議、鉄鋼業界全体の意思決定を行うための機関として、総会及び理事会の下に四つの部会と二六の委員会が設置されており、更に執行機関として、会長以下の役員の下に相当規模の事務局が置かれ、これらの両者が一体となつて、事業を遂行している。このうち、それぞれの分野に応じて会員会社の当該分野における専門家である管理職を委員とする委員会が設置されていること、及び、事務局の関係部門が委員会の事務局となり委員会と一体となつて事業を遂行していることが、一般企業や他の諸団体と異なる被告の機構の最大の特徴となつている。

2 事務局職員の処遇

被告は、創立以来被告の事務局職員を「基幹職員」と「その余の職員」とに分けて二本立てとし、両者は、採用の方法及び手続、初任給、その後における昇給、昇格等の労働条件を異にしており、このような取扱いは昭和四二年三月の常務会で再確認された。このような二本立ての体系をとつているのは、事務局職員の職務内容が基幹的業務と補助的定型的業務の二種に分類され、それぞれの業務に必要とされる能力要件を異にしていることによるものである。

(一) 「基幹職員」は、各種委員会の事務局として鉄鋼業界が当面する重要問題に関して、その調査、研究、関係情報の収集、分析、資料の作成整理等に当たるとともに、委員会の運営を担当し、また、会員会社や官公署その他の外部の関係機関との折衝を担当することを予定されて採用された者であつて、将来被告の部課長等の幹部職員に昇進したり、あるいはその専門的知識と習熟した経験とによつて責任ある立場で問題の処理や業務の執行に取り組むことが予定され、かつ期待されている。このような「基幹職員」には、鉄鋼業に関する全般的な知識のほかに、国民経済や広く語学力を基礎とする国際的な視野に立つ経済、法律、技術に関する諸知識、各種資料及び統計データに関する知識と分析能力を有することが要請されるとともに、被告が行うべき政策活動に即応してその時々の問題の対策を立案する企画力や関係官庁担当者等外部機関との折衝能力等、高度の資質及び能力が求められている。そこで、被告はその採用に当たつては、各年度ごとに新規大学卒業予定の男子について広く公募を行い、論文及び英語についての試験とその合格者に対する面接によつて適格者数人を定期的に採用することにしているのである。

(二) これに対して、「その余の職員」は、「基幹職員」の活動を補佐し、伝票処理等の内部管理事務、定例的な統計調査の収集やデータチエツク、資料や図書の整理、保管、貸出し、作成資料の印刷手配、校正、会議の会場手配や開催通知等のいわゆる定型的、補助的業務を担当するものとして採用された者である。これらの業務には比較的定型的なものが多く、「基幹職員」とは異なつて高度の専門的知識や実務経験を特に必要としないから、「その余の職員」については公募ではなく、各年度ごとに高校卒業予定の女子の縁故採用を行うこととし、試験も簡単な作文と面接とを行うだけであり、欠員補充のためにやむを得ず中途採用を行う場合には面接のみを行うことにしている。なお、近年の大学進学率の上昇から、「その余の職員」についても大学卒の者に対する縁故採用を行うことがあるが、その場合でも「その余の職員」は高校卒を原則とするところから、採用時において、処遇については高校卒を基準とすることに同意を得ることとしている。

以上のような二本立ての区分に従い、被告は、「基幹職員」の対象を男子に限定し、「その余の職員」の対象を女子に限定しているが、その理由は、次のとおりである。まず、「基幹職員」については、主として我が国の教育の実態や社会慣行の下では採用後に担当する業務の性質に照らして大学卒の男子が相当であると考えられることによるものであるが、更に、被告においてはごく少数の人数で専門的な業務を日々消化しなければならないという特殊性を有するところ、被告の実情からいつても女子職員の退職率は現在まで極めて高くその勤続期間が短いため、長期的な研究や経験を求められている職務の担当者としては適当でなく、加えて鉄鋼業の重要問題をタイミングよく迅速に処理するためには時間外及び休日勤務を必要とする場合が多いにもかかわらず、現行法制のもとにおいては女子はこれに応じ難い点が少なくないといつた点を考慮したことによるものである。これに対して、補助的業務に従事する「その余の職員」については、特に高い専門的な知識や高度の能力を必要としない補助的、定型的業務を担当するのであるから、知識能力が高校卒程度であれば足りると考え、一般の雇用慣行に従つて、その対象を高校卒女子としたのである。

そして、以上のような二本立ての体系は職員の給与制度についても同様であつて、その概要は就業規則及び給与規程において次のとおり定められている。

まず、本給については、学校卒業後直ちに採用する者の初任給は、世間水準により定められた額とし、それ以外の者の初任給は、学歴、経歴、技能、年齢などを考慮して本人とほぼ同程度の他の職員の本給を参考として決められた額とし、その後は、原則として年一回定期に行われる昇給と初任給上昇に伴うベースアツプ調整等が行われて、実質的に年齢別給与の形態をとつている。そして、「基幹職員」と「その余の職員」とは、通常学歴、年齢等に差異があり、職員として要求される資質、能力や担当する業務の内容においても質を異にしているので、本給の基礎とされる初任給も別立てとなつている。なお、「その余の職員」のうち大学卒の者をやむを得ず採用した場合には、前記のとおり高校卒を基準とすることとしているが、大学卒と高校卒との年齢差や世間の給与水準を考慮して、年齢相応の初任給を算定することとしている。昇給については、組合が結成されて以降は常に組合からの要求があつて、数回の団体交渉を経た後に妥結されている。この昇給率の算定に当たつては、鉄鋼業の大手五社の昇給率のうち「基幹職員」に相応する各社の事務系職員と「その余の職員」に相当する高校卒の事務補助的業務に従事する職員の各昇給率を比較対照しこれを参考として決定することとし、被告事務局職員の給与水準とこれら各社の職員の給与水準との間に相当の格差が存在するというような場合には格差是正という要素を取り入れて決定している。このように「基幹職員」と「その余の職員」の昇給率の間にも担当する業務の重要度の差を反映して一般に差が設けられており、ただ、組合からの要求や昇給額が小幅なときには特に昇給率に差をつけない年もあるし、また、格差是正の要素を取り入れた結果、「その余の職員」の昇給率が「基幹職員」のそれを上回ることもある。そして、組合においても「基幹職員」と「その余の職員」の間には右のような差異が存することを当然の前提として要求し、妥結している。また、夏季及び冬季の一時金については、被告は、本給に勤続年数別の支給係数(昭和五三年度夏季からは年齢ランク別の支給係数)を乗じて得た金額と成績評価によつて得た金額(これを成績加給といい、その額は、一時金総額の三ないし五パーセント程度である。)を合算する方式で支給しており、支給係数については鉄鋼各社の回答を参考に業務の性質を勘案して「基幹職員」の方が多く、「その余の職員」の方が低く設定されている。これらの支給率についても組合からの要求に基づいて協議の上妥結されている。

(原告元子の配転について)

被告は就業規則において「業務上の都合によつて転勤または所属箇所を変更することがある」(四〇条)旨規定し、例年五月に定期異動を行うほか、必要に応じて随時異動を行つている。原告元子の本件配転も被告が行つている配転の一つにすぎないものであつて、次のとおり業務上十分な理由が存在し、公正な人選の結果行われたものであるから正当なものである。

1 昭和五二年七月平電炉部平電炉課員の菊池エイ子が退職したが、当時は業界が不況で被告事務局の予算節減に努める必要があつたことから、原則として当分の間は退職者の補充を行わないとの方針を採つていたので、菊池の後任を補充しない方針としていた。ところが、平電炉部平電炉課が担当する平電炉業界は当時の不況から不況カルテルを実施していたが、同年八月で認可切れとなるためこれを九月以降も更に延長すべく政府関係機関に働きかける必要があつたことや、平電炉業の構造改善をめぐる諸問題が深刻化したことなどの事情があつて事務が繁忙を極めるようになつたので、同課は、菊池の後任を強く要請し、それについては即時に役立つ職員の補充を求めてきた。そこで、人事担当者としては、従前から平電炉課における統計業務を手伝つており、同課の業務内容や関係先の人達についてのある程度の知識を有していた原料部業務課の矢部喜久江が平電炉課の即時に役立つ職員という要望を充たすものと考え、同人を菊池の後任とすることとした。

2 そこで、このことを原料部業務課にはかつたところ、業務課としては、エネルギーや輸送、国際鉄鋼協会等国際関係の重要な業務を担当しており人員の割愛は不可能なので、矢部の配転はやむを得ないが、その際には、矢部が担当していた資料の整理、保管業務に知識と経験を持つ者で、かつ、仕事の性質上簡単な英文の読解力のある者を後任として補充するよう求めた。人事担当者としては、この原料部の要望を検討した結果、矢部の後任に原告元子をあてることとしたが、それは、同原告が資料情報室で多年にわたり図書雑誌等の資料整理の業務に携つており、また短大の英文科を卒業していることからして、原料部の希望を一応充たすと考えられ、更に、同原告を転出させて人事の交流を図ることが当時情報センター機能の強化ということが課題となつていた資料情報室の機能発揮に資し、かつ、転出する原告元子自身にとつても他部において鉄鋼業界の重要問題の調査研究に多少とも触れることによつて能力伸長に役立ち、これらの措置が被告の人員配置上望ましいと考えたからである。

(原告元子に対する訓戒について)

被告は原告元子に対して本件配転命令をめぐる同原告の言動に対して訓戒を与えたが、その経緯及び訓戒の内容は次のとおりであつて正当なものである。

1 被告は原告元子の配転を決定し、昭和五二年八月二九日にその旨を内示し、同年九月一日一連の配転予定者全員に辞令を交付しようとしたところ、同原告だけが、この配転は納得できない、納得できるまで辞令の受領を保留したいとし、辞令の受領を拒否するとともにその旨を記載した文書を被告の専務理事に直接提出するという挙に出た。そこで、被告の人事担当の山口常務理事は佐藤人事担当部長の同席の下に原告元子に対し、配転の理由を告げ、この際視野を広げるためにも原料部へ行つて勉強してもらいたい旨述べ、辞令を受領するように説得したが、原告元子は午後に返事をすると答えて退席した。

同日午後一時に原告元子から山口常務理事に対し、資料情報室へ戻ることの文書による確認が欲しいとの申入れ及び原料部への配転後具体的に何を勉強させるのかとの質問があつたので、同常務理事は同日午後二時に佐藤人事部長の同席の下に、原告元子と面談し、配転予定先の原料部業務課にも図書、資料等の整理保管業務があり、資料情報室での経験が役立つことや、原料部業務課は鉄鋼業の基本的な業務を取り扱つているところから、勉強して視野を深めるのに極めて良い部課であることなどを詳細に説明した。しかし、原告元子は、このような説得についても耳をかさず、もつぱら司書資格に関連づけて自己の主張を強調するだけに終始し、翌二日の朝に返事したいと述べた。これに対し、山口常務理事が辞令は九月一日付けであるから今日中に受け取るよう説得したところ、原告元子は、相談したい人がいるといつて退席し、同日午後六時過ぎに至つて常務理事室に出頭して辞令を受領したものの、今後引き続いて闘いを続けるなどと公言して反抗的な言動に終始した。

2 被告においては、以上のような原告元子の言動は被告の正当な指示を無視してこれに反抗するものであつて服務規律に違反し職員に好ましくない影響を及ぼすものであり、懲戒事由である「業務上の指揮命令に違反すること」(就業規則三五条四号)に該当するものと考えたが、他方発令当日の夕刻には辞令を受領して配転に応じたことを考慮して「反則が軽微である」(同三八条)場合に該当するとして懲戒処分に付することはせず、原告元子の注意を促し将来を戒める措置をとることとした。

そこで、同月一六日午前一一時ころ、塙阪、山口両常務理事が原告元子を第一応接室に呼び、「去る九月一日に、九月一日付け人事異動に伴い資料情報室より転じて原料部業務課勤務を命ずる辞令を専務理事より手交しようとしたところこれを一時的に保留を申出て、当日午後六時過ぎになつてこれを受取つた。このため連盟事務運営が一部停滞したことは極めて遺憾である。今後かようなことのないよう上司の命令を守り、職場秩序を尊重して職務に精励するように」との趣旨の訓戒を与えたが、これは非公開の席上単に口頭で注意したにとどまるものであつた。

(時効)

仮りに原告らの賃金等の請求が理由ありとしても、賃金請求権は二年間の経過により時効消滅するから、被告は時効を援用する。すなわち、本件訴えの提起は昭和五三年一月二五日であるところ、基本給の支給日は毎月二〇日、昭和五〇年度冬季一時金の支給日は同年一二月一一日であるから、原告らの請求のうち、昭和五〇年分及び昭和五一年一月分の基本給並びに昭和五〇年冬季一時金に係る各請求権は時効によつて消滅した。また、原告村松の請求のうち昭和五三年度以降の基本給及び一時金に係る各請求及び主任手当の請求並びに原告菊橋の請求のうち主任手当及び一時金における主任手当加給分(成績加給を含む。)の請求は、昭和六〇年一〇月二一日に追加請求されたものであつて、すべて弁済期から二年間の経過後に請求されたものであるから、時効によつて消滅した。

五  抗弁に対する認否

(男子職員との賃金の差額請求について)

1 抗弁1の事実中、被告の目的及び組織については認めるが、その余の事実は知らない。

2 同2の事実中、被告の事務局職員が「基幹職員」と「その余の職員」の二本立処遇をされていること、「基幹職員」たる男子については公募が行われるが、「その余の職員」たる女子については公募によらず高卒者の縁故採用を中心とし、大卒者についても処遇上高卒を基準とされることに同意していることは否認する。被告の職員の本給の決定方法及び昇給の方法、組合結成以降毎年の昇給、一時金について組合との交渉がされ、協定が締結されていることは認める。その余の事実は知らない。被告の主張する二本立処遇なるものは後述するとおり全く存在していないのであり、それが昭和四二年三月の常務会で再確認されたという事実はない。また、賃金や一時金についての協定は全組合員の意見に沿つて決定されていたものではなかつた。

(原告元子の配転について)

抗弁冒頭の事実及び主張は争う。同1及び2の事実中、菊池エイ子が退職したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(原告元子に対する訓戒について)

抗弁1の事実中、原告元子がもつぱら司書の資格に関連づけて自己の主張を強調するのに終始したこと及び反抗的な言動に終始したことは否認し、その余の事実は認める。同2の事実中塙阪、山口両常務理事が原告元子に対して口頭で訓戒したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(時効について)

昭和五〇年分及び昭和五一年一月分の基本給の支給日並びに昭和五〇年冬季一時金の支給日は、本件訴えの提起の日より二年以上前であることは認めるが、これにつき時効が完成したとの主張は争う。

六  抗弁に対する原告の反論

被告は被告事務局職員については二本立ての処遇をしている旨主張するが、被告のいう二本立処遇なるものは存在せず、真実は男女別処遇にほかならないのであつて、その主張自体において違憲、違法であつて、失当というべきものであるし、仮にそうはいえないとしてもこのような男女差別を行う合理的理由は全くないから、被告の抗弁は理由がないというべきである。このことを以下分説する。

1  二本立処遇の違憲、違法性

二本立処遇とは、被告の主張によれば、被告の事務局の業務の性質上、基幹的業務と補助的業務とが画然とわかれており、我が国の教育実態、社会慣行、女子の勤続期間が一般に短いこと、女子保護のための諸規定の存在等から、基幹的業務を男子に、補助的業務を女子に振り分けたので、その結果として賃金等すべての労働条件、処遇が二本立てになつているというものである。しかし、被告の事務局の業務は流動的であり誠に多種多様であつて、その業務の評価も画然と割り切れるものではないし、また、その業務に従事する者に要求される能力についても被告の主張する「基幹職員」には高卒男子がいる一方で「その余の職員」には大学卒女子がいるというように学歴差とも無関係であるのに、基幹的業務と補助的業務とが画然と区別され、かつ、これが固定されているというのであるから、結局、被告は、男子がしている業務は男子がしているが故に基幹的業務、女子がしている業務は女子がしているが故に補助的業務であると評価し、このように男女によつて業務を画然と分けたが故に男女の担当業務は性差が転換不能であるように移動が不能であつて、その結果として二つの処遇体系ができあがるということを主張していることになる。これは正に男女別の処遇体系をとつているとの主張にほかならないのであつて、結局二本立処遇なるものは、男女の職務差別、賃金差別、昇給昇格差別の総称にほかならない。このような差別は次に述べるように違憲、違法である。

(一) 憲法一四条、二七条違反

憲法一四条は性別を理由とする差別待遇を禁止しており、また、同法二七条の保障する勤労の権利は、労働の機会を均等に得る権利、労働を維持する権利、人間としての尊厳にみちた労働=人間らしい労働を維持する権利を包摂している。被告は、この憲法上保障された権利を、我が国の教育実態、社会慣行、女子の退職率の高さ、母性保護規定の存在といつた理由で侵害しているのであるが、教育実態や社会慣行が女子に対する不当な差別意識に基づくものであるとすれば、それ自体が憲法の理念に反するものであるし、女子一般の退職率が高いことを理由として女子を差別することに合理性はなく、更に女子保護規定は使用者に受忍義務を負わせるものであることからして、これらはいずれも女子を差別する合理的理由とはなし得ないことが明らかである。従つて、被告の主張はそれ自体からして憲法一四条、二七条に違反する。

(二) 労基法四条違反

労基法四条は男女同一労働同一賃金の原則を定めているが、これは男女とも同一の労働を要求できる制度ないし同一の労働に就き得る機会の保障が当然の前提となつている。従つて、全ての女子に対して、女子であることのみを理由として、男子と同一労働に就き得る機会を一律に与えないことは本条に違反するし、また、賃金その他全ての労働条件の決定について個別的に判断するのではなく、女子であることを理由に一律にしかも一般的に男子と差を設けることは本条に違反する。

(三) 民法九〇条違反

仮に憲法一四条、二七条が私人間に直接その効力が及ばないものとしても、性による不合理な差別を禁止するという男女平等の原理は全ての法律関係の根底にある基本原理であつて、この原理が民法九〇条の公序良俗の内容をなすことは明らかである。また、女子労働に関しては、婦人差別撤廃条約、婦人労働者の機会及び待遇の均等に関する宣言、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律(以下「雇用機会均等法」という。)等様々な法律、宣言、提言等が国内外において存在し、このことは、公序良俗の内容の判断について当然考慮されるべきところであり、このことからいつても、被告の二本立処遇、職務差別の主張は公序良俗に違反することが明らかである。

2  二本立処遇の不存在

被告は、被告が我が国鉄鋼業界を代表する業界団体であつてその業務遂行に当たつては相当に高い専門的知識、経験を必要とするから、事務局職員の業務を基幹的業務とその余の定型的補助的業務に分類し、前者を男子に後者を女子に担当させ、このような職務の違いに起因する二本立処遇を行つている旨主張する。しかし、被告の事務局は、業界団体である被告本体の行う事業の遂行のため設置され、その事務を処理するものであつて、本来被告本体に対して従たる関係にあり裏方的役割を果たすものにすぎないのであるから、そこで要求される知識、能力、経験もそのような程度のもので足りるのであつて、これを基幹的業務とその余の業務とに分ける程のものではない。仮に両者の間に差異をつけるとしてもそのことが男女の処遇を全く別立てとしなければならない程大きいものではあり得ない。しかも、実際には、被告が主張するところの基幹的業務を行つている女子職員も多数存在しているうえ、実際の処遇上では被告が主張するような二本立処遇はなんら行われておらず、ただ男女の差別だけが行われているにすぎないものである。このことを具体的にみると次のとおりである。

(一) 募集

被告は「基幹職員」は新卒者を公募し、「その余の職員」は縁故採用するというが、男子職員でも中途採用、縁故採用者があり、これらの者は面接だけで採用されているし、女子職員でも新卒者は学校に対する公募であり、職業安定所に対する求人(公募)も行つている。

(二) 学歴

男子職員中には高卒(旧制中学卒を含む。)がかなりの人数おり、例えば原告菊橋、同榎の入社した昭和四四年より少し前の昭和四一年に入社した富沢久は高卒であるのに被告の主張によれば、基幹的業務を担当する「基幹職員」であるとされ、他の大学卒に年令差の五年を加えただけの年限で主任、副長と昇格している。他方、女子職員中には大学卒がかなり多く、男子職員との間に画一的に専門知識の違いなどない。しかし女子の場合には、高卒でも大卒でも二〇年をめどに恩恵的に主任になることができるにすぎない。

(三) 採用

労基法一五条一項、同法施行規則五条によれば使用者は労働契約締結の際には職務、賃金及び昇給に関する事項等労働条件を明示しなければならないものとされているのに、採用面接において被告が主張するような二本立処遇については一切明示が行われておらず、また、このような処遇については被告の就業規則、給与規程において何ら規定がされていない。しかも、こうして採用された後に交付される辞令については、男女ともに事務局職員に採用すると記載されているだけで格別の差異もない。

(四) 職務内容

資料情報室の業務は、大別すると図書館業務と情報業務の二つに分類されるが、原告村松及び原告元子は、そのうち、和洋雑誌、図書の選定、購入、分類、廃棄、カード作成、分類表の改訂等情報資料の収集、管理、提供やレフアレンスサービスなど図書館業務のほとんど全てを自己の判断と責任のもとに担当し、また、情報部門においても海外鉄鋼主要記事索引のチエツク、鉄鋼資料インデツクスの作成も担当していたもので、これらの業務は、被告の主張する基幹的業務に該当することは明らかである。

また、原告映子の取り扱つていた総務部総務課における渉外業務も、同課には田村課長と同原告しか配置されていないという人員配置のもとで、海外からの来訪者の受入れのための全ての手続、渉外者担当会議への出席、国際鉄鋼協会(IISI)に関する小冊子の作成、総会の準備の実務一切及び英文手紙の受付などを担当してきたもので、このような業務は被告のいうところの基幹的業務にほかならない。

更に以上の三名を除く原告らは、調査、統計に関する業務を行つており、調査研究団体たる被告の業務を日常的に行つている。被告は、調査、統計は単純な定型的作業で判断的要素を有しないものとするが、統計資料作成を本来の業とする会社、官公庁等における統計資料作成業務はその集計作業まで含めて基幹的な主たる業務であつて、これを補助的業務と位置づけることはできない。そして実際にも右原告らや同僚の女子職員は調査用紙の発送から完成した資料の発送までの全ての業務を一貫して行つている。また、原告榎は被告が基幹的業務であるとするところの委員会に出席して会議の議事録を長期間にわたつて作成している。

原告ら以外の女子職員の中には、プログラマーや編集者等専門的知識、技術を持つた上で職務を行つている者も存在している。

七  再抗弁

原告らは昭和四八年に組合を結成して以来、提訴に至るまで五年間、一貫して男女別賃金体系を撤廃して男女同一年齢同一賃金とすること及び男子の賃金との差額を支払うよう請求してきたが、被告はその間男女間に現実に差があることを認めながら支払を拒否し続けたので、原告らはやむを得ず本訴を提起するに至つた。このような訴訟提起に至るまでの間の当事者の交渉状況、被告の対応等の諸事情を考慮し、一方時効制度の趣旨及び男女差別賃金の禁止を強く定める労基法四条の趣旨に鑑みれば、被告の時効の援用は権利の濫用に当たるものというべきである。また、原告村松及び同菊橋の追加請求については以上のような事情に加え、原告らは本件訴訟中で差額賃金請求を一貫して続けていることからしてなお一層時効の援用が権利の濫用に該当するものというべきである。

八  再抗弁に対する認否

すべて争う。

第三証拠〈省略〉

理由

第一男子職員との賃金の差額請求について

一  原告らの主張と問題点

原告らは、被告が、事務局職員の賃金について性別を理由とする差別をしていると主張し、具体的には、〈1〉昭和五〇年度から五二年度までの基本給の上昇率及び一時金の支給係数(いずれも労働協約に基づいて支給されたもの)について差別があるとして、その間の賃金につき、同一条件の男子職員の上昇率及び支給係数により計算した額と原告ら(原告村松を除く。)の現実の受給額との差額の支払を請求し、〈2〉原告菊橋については、〈1〉の外に男子であれば採用後一〇年目で主任になつたはずであるとして、主任手当及びその一時金への加給分の支払を請求し、〈3〉原告村松については、同年採用の男子職員との基本給及び一時金と現実の受給額との差額並びに男子であれば採用後八年目に主任になつたはずであるとして、主任手当及びその一時金への加給分の支払を請求している。

これに対し、被告は、〈1〉昭和五〇年度から五二年度までの基本給及び一時金に関する労働協約は、男子と女子とで賃金上昇率や一時金支給係数に差があるかのような表現をとつているが、実際は、被告事務局職員は「基幹職員」と「その余の職員」とに二分されており、「基幹職員」を男子と、「その余の職員」を女子と表現したにすぎず、男女を差別したものではなく、また、〈2〉同学歴同期採用の職員について男女の賃金の間に格差があるかのように見えるのは、男女の性別によるものではなく、「基幹職員」と「その余の職員」とによる格差であるにすぎず、更に、〈3〉主任への登用については、一定の勤務年数により当然登用するという運用をしているものではなく、各人の勤務成績を考慮して主任への登用を行つている、と主張している。

そこで、原告らの男子職員との賃金の差額の請求については、〈1〉昭和五〇年度から五二年度までの基本給及び一時金支給に関する労働協約の効力、〈2〉同学歴、同期採用の職員間における男女の賃金の差別の適否、〈3〉同学歴、同期採用の職員の主任登用についての男女の差別の適否、の三点が問題となる。

ところで、憲法一四条は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」として法の下の平等の基本的原理を定め、これを受けて労基法は、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」(三条)、「使用者は、労働者が女子であることを理由として、賃金について、男子と差別的取扱をしてはならない」(四条)と規定している。もつとも、同法三条は労働条件に関する性別を理由とする差別については規定をしていないし、また、同法四条も性別を理由とする賃金以外の労働条件の差別については規定をしていない。そこで、これらの規定の下において、私人間において、労働条件について性別による差別的取扱いがされた場合の効力を考える。まず、同一の労働について性別を理由として賃金の差別が行われた場合は労基法四条に違反することは明らかであるが、賃金以外の労働条件について性別を理由とする差別的取扱いが行われた場合については、憲法一四条は私人間の行為を直接規律するものとは解し得ないから、このような取扱いが憲法一四条に直接違反するとはいえない。また、労基法三条及び四条の規定もその規定の文言及び立法の経緯並びに同法一一九条が同法三条、四条に違反する使用者に対し刑罰を科することとしており、罪刑法定主義の見地からその拡張解釈は謙抑すべきであること等を考えると、これらの規定が賃金以外の労働条件についての性別を理由とする差別を直接に禁止の対象としていると解することはできない。しかし、憲法一四条の定める法の下の平等の原理は、憲法の定める最も重要かつ基本的な原理の一つであり、労基法三条及び四条の規定は労働条件の分野において、これを実定法化したものであることからすると、賃金以外の労働条件についても、性別のみを理由として何らの合理的な理由もなく男女を差別して取り扱つてはならないことは、民法九〇条にいう公の秩序として確立しているものということができる。従つて、賃金以外の労働条件についても合理的な理由がないのに性別による差別的取扱いをすることは、公序に違反し、そのような取扱いをすることを内容とする法律行為は、民法九〇条に違反して無効というべきである。

そこで、本件においては、男子職員と女子職員との間に原告らの主張するような差別的取扱いがあるか否か、仮に差別的取扱いがあるとすれば、それが合理的な理由によるものであるか否かが問題となるわけであるが、これらの点の判断をするについては、その前提として、被告の事務局職員の職務の内容、就業規則の定め、男子職員と女子職員の処遇の実情を明らかにする必要がある。

二  事務局職員の職務及び職員の処遇の実情

1  被告の組織及び事務局の役割

成立に争いのない乙第一、第二号証、第五号証、第八号証、第九六号証、証人山口潔及び同佐藤清三の各証言によれば、次の事実が認められる。

被告は、鉄鋼業に関連する資料、情報の収集、保管及び提供や必要な事項についての調査研究並びに意見具申を行うことをその事業とする業者団体であつて、鉄鋼業等を営む四八社及び関係二団体を会員とする。その主要な機関は、総会、理事会、運営委員会、各種委員会及び事務局である。総会は、事業計画、予算、決算等を審議決定する被告の最高意思決定機関であり、会員会社代表者が出席して開催される。理事会は、被告の業務運営に関する基本的な事項を審議決定する機関であり、理事(会長、理事、専務理事及び常務理事)をその構成員とする。運営委員会は、理事会の委任事項を審議決定する機関であり、理事の中から委嘱された運営委員をその構成員とする。各種委員会は、被告の事業遂行上必要な特定の事項について審議するためにおかれるものであつて、時期によつて変動はあるがおおむね二八くらい設けられており、その委員には、会員会社の取締役又は部長クラスの者が選ばれている。また委員会の下には必要に応じて小委員会、専門委員会等が設けられて当該事項についての業務を行つており、これらについては会員会社の部課長クラスの者がおおむねその構成メンバーとなつている。そして、被告の事務局は、これらの委員会に対応して各部課がその所管する委員会の審議事項に関連する業務を行うという体制をとつており、この委員会業務が事務局にとつて重要な業務となつている。従つて、被告の事務局が行う業務の内容は、各機関の会議の招集手続、会議室の手配、お茶出しなど一切の庶務的事務はもちろん、右各機関から付託された事項について事前、事後に各種資料、情報の収集、分析や関係機関との折衝を行い、その結果を提供してその運営に資することや、各機関の会議に出席して事務局として議事進行に協力し、作成提出した資料等についての説明、報告を行うこと、会議での決定事項についてはこれを適切に執行することなどの執行、審議、調査事務、折衝事務が主となつている。また、事務局は、このような委員会関連事務のほか、独自の立場から調査研究に従事するということも行つている。

2  事務局各部課の所掌する具体的な業務と事務局職員の職務の内容

被告事務局を構成する各部課は、時期により変動があつて一定しないが、おおむね一一の部と三つの室及び大阪事務所と欧州事務所があるところ(この事実は成立に争いのない乙第二号証、第九六号証により認められる。)、ここでは、本件訴訟において当事者双方から主張立証がされた技術管理部、原料部、調査統計部(調査課及び統計課)、経営管理室、資料情報室、総務部総務課渉外係及び広報部出版課について検討することにする。

成立に争いのない甲第五〇、第五一号証、第五八ないし第六〇号証、第六五ないし第六八号証、第七四号証、乙第三、第四号証、第六ないし第八号証、第一七号証、第二八ないし第三〇号証、第三三号証の一ないし三、第三四号証の一、二、第三五号証の一、三、第三六号証の一、第三七、第三八号証の各一、二、第三九号証の一ないし三、第四〇号証の一、二、第四一、第四二号証の各一ないし三、第四三号証の一、二、第四四号証の一ないし三、第四五、第四六号証、第五七号証、第六二号証の一ないし四、第六三号証、第六四、第六五号証の各一、第六六号証の一ないし五、第六七ないし第六九号証の各一ないし三、第七〇号証の一、二、第七一号証の一ないし五、第七五号証の一ないし一〇、第七九号証の一ないし七、第八〇号証の一ないし四、第八三号証、第九六号証、第九八号証の一ないし四、第九九ないし第一〇七号証、第一一五、第一一六号証、第一二八、第一二九号証、第一四七号証の一、二、第一四八ないし第一五一号証、第一五二号証の一、二、第一五三号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第五七号証の一、二、第六一ないし第六三号証、第六四号証の一ないし三、原告村松の本人尋問の結果により成立が認められる甲第四九号証、第五二号証、同映子の本人尋問の結果により成立が認められる甲第六九号証の一、二、同船戸の本人尋問の結果により成立が認められる甲第七二号証、同菊橋の本人尋問の結果により成立が認められる乙第三五号証の二、四、第三六号証の二、三、証人窪田蔵郎の証言により成立が認められる乙第二二号証、証人鈴木繁の証言により成立が認められる乙第七二号証、第七六号証、第七七号証の一、二、第一〇八号証、第一一〇号証、証人吉田喜一の証言により成立が認められる乙第九七号証、第一二〇号証、第一二一号証の一ないし三、第一二二ないし第一二四号証の各一、二、証人小倉厚の証言により成立が認められる乙第一二六号証の一、二、第一二七号証、証人竹下勅三の証言により成立が認められる乙第一三一号証、第一三二号証の一、二、第一三三、第一三四号証、第一三五号証の一、二、第一三六ないし第一四〇号証、第一四一号証の一、二、第一四二号証、証人岩村文蔵の証言により成立が認められる乙第一四四号証の一、二、第一四五号証、証人小林叡、竹下勅三、岩村文蔵、鈴木繁、吉田喜一、佐賀美智子、中村才一、窪田蔵郎、田村淳、湯川和子及び小倉厚の各証言並びに原告菊橋、元子、船戸、村松及び映子の各本人尋問の結果を総合すれば次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

事務局の各部課が所掌する業務の内容は、被告制定の事務分掌規程において定められているところ、その行う業務の内容別に各部課の業務をみると、まず、いわゆる調査、研究、分析業務を行う部課には技術管理部(生産設備や生産技術の動向等について)、原料部(製鉄原料、動力関係等について)、調査統計部調査課(鉄鋼業の基本問題や生産、需給、市場等について)があり、その調査研究は前記のように所轄委員会の指示に従い行われるものと各部課において独自に行われるものとがある。次に、いわゆる集計業務を行う部課には、技術管理部(作業月報、鉄鋼生産設備の現況調査(通称「青本」と呼ばれるもの)等)と調査統計部統計課(鉄鋼工場別生産実績集計(通称「赤本」と呼ばれるもの)等)があり、図書資料の保管、貸出し等の業務を行うものに資料情報室がある。また、出版業務を行うものに資料情報室(鉄鋼技術情報、海外鉄鋼主要記事索引等)、経営管理室(鉄鋼のIE)、広報部出版課(鉄鋼界、鉄鋼界報)がある(右の青本や赤本の各企業への配布も情報の提供という観点からはこの範ちゆうに入れることもできよう。)。更に、以上とは趣を異にする業務として、総務部総務課渉外係の所掌する渉外関係一般に関する業務がある。また、これら各部課の業務を委員会との関係でみると、前記のように被告にとつて重要性を有するという意味での委員会業務を行つている部課には、技術管理部、原料部、調査統計部、経営管理室があるが、資料情報室、総務部総務課渉外係、広報部出版課にはそのような意味での委員会業務と呼べるものはない。なお、当然のことながら、各部課が日々の業務を遂行していく上で付随して生じる定型的、補助的な庶務的業務は、いずれの部課においても固有のものとして存在している。

そして、これらの業務を担当する各部課は、おおむね、部長、課長(室長)、副長等の管理職と、男子及び女子の主任、平職員のほか、場合により嘱託、アルバイトによつて構成されている。管理職は各部課の管理運営に当たる一方で、調査、研究、分析業務を主に男子の主任、平職員と共に、あるいは単独で行い、また、対外的折衝を行つている。男子の主任、平職員は管理職の指示、指導の下にその採用の直後から管理職と共同あるいは単独で調査、研究、分析や対外的折衝業務を行い、委員会に出席して作成した会議資料の説明を行つたりし、また、集計業務について女子の主任、平職員とこれを分担して行うこともある。他方、女子の主任、平職員は、集計業務(技術管理部、調査統計部統計課)、図書資料の貸出し、保管、レフアレンス業務(資料情報室)、発行誌の誌面の割り付け(レイアウト)業務(広報部出版課)、海外との渉外業務(総務部総務課渉外係)を行つているほか、各課固有の比較的に定型的、補助的な会議の開催通知発送、会議室の手配や受付、資料のコピーとり、印刷、校正、お茶出し等の業務を行つている。もつとも、ここにあげた男子職員と女子職員が担当している業務の差は大まかに見ればそうであるというにすぎず、ここに男子職員が担当しているとしてあげた業務を女子職員が部分的に担当することもあるし、逆の場合もある。また被告の主張する「基幹職員」としての男子の主任や平職員が配置されずに管理職と女子の平職員等で業務が行われている資料情報室や総務部総務課渉外係といつた部課も存在している。

3  被告事務局の男子職員と女子職員の処遇内容

成立に争いのない乙第九、第一〇号証、第一五五、第一五六号証、証人山口潔の証言により成立が認められる乙第一二号証の一、二、第一三号証、証人佐藤清三の証言により成立が認められる乙第一四号証、第一八、第一九号証、証人山口潔、同佐藤清三及び同岩村文蔵の各証言によれば、次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 就業規則及び給与規程の定め

就業規則及び給与規程においては、職員について「基幹職員」と「その余の職員」とに区別するような定めは存在せず、本給については、学校卒業後直ちに採用する者の初任給は世間水準により、それ以外の者の初任給は、本人の学歴、経歴、技能、年令などを考慮して、本人とほぼ同程度の他の職員の本給を参考にして定めること、昇給は原則として毎年一回定期に行うこと、職位の変更その他で特に必要の生じたときは、臨時に昇給することがあることが定められているにすぎない。

(二) 被告は、事務局職員の行う職務内容は、調査研究、資料作成、被告の委員会の会議運営、委員会や外部機関との連絡折衝など鉄鋼に関する経済、技術その他の専門的知識に裏付けられた企画、分析、判断能力に富む者によつて行われることが必要とされる業務と、右のような業務を補助する業務であつて、特に右のような能力はなくとも鉄鋼業についての一般的基礎知識のほかにいわゆる一般常識があれば十分にこれを行い得る業務とに分類することができるとし、前者は主として男子職員に、後者は主として女子職員に担当させることとし、また、将来の昇進についても男子職員を幹部職員へ登用し、女子職員は幹部職員へ登用しないとの方針をたてていた。この意味で被告は男子職員と女子職員とを区別する二本立ての処遇をしてきた。以下、この二本立処遇の内容を順次みてゆくこととする。

(1) 募集及び採用の手続

男子職員については主として経済、法律の分野に若干の理工科系を加えた大学新卒業者を各年度の卒業期に定期的に採用することとしており、毎年九月末までに各部門から提出される人員要求を常務会で検討して翌年度の採用数を内定しているが、昭和五〇年代の定期採用者は毎年度二名ないし三名にすぎない(昭和四一年に高校卒の男子職員を採用して以降は男子はすべて大学卒業者を採用していた。)。採用の具体的な手順は、まず適当な大学七校ないし八校を選択して大学へ所定の事項を記載した求人申込書を提出して募集を行い、応募者(昭和五〇年度以降でいうと毎年約三〇名前後)に対して論文試験(出題例として、「省資源、省エネルギーについて」、「低成長経済の特徴と問題点」など)、英語の筆記試験及び面接試験(被告の役員と人事部長による)を行い、これらの結果と学業成績証明書等の応募書類の内容及び身体検査の結果を参酌して、採用を決定するというものである。なお、定期採用のほかに、業務量の増大や新規業務のために中途採用を行う場合があるが、この場合には他の企業における実務経験と専門的知識を有する者を採用しているので、右のような試験は行わず、役員や人事部長の面接を行うにとどめている。

他方、女子職員については高校卒を一応の基準とし、原則として退職者の欠員を補充するために行うこととし、九月末時点での必要人員を把握し常務会で採用数を内定する。採用数は欠員の補充が主なので格別の定員はない。採用の具体的な手順は、高校卒業予定者について、予め被告の関係者やこれまでに採用実績がある高校に推薦を依頼し、職業安定所の高校用求人票に所定事項を記入して職業安定所の受付印を得てその写しを学校に送付した上で応募をしてもらうという方法によることを原則としており、これによつては人数が不足する場合には募集対象を短大卒あるいは大学卒の者にまで広げたり、職業安定所へ求人申込みを行うという方法をとつている。そして、こうした応募者については紹介者からの推薦があることが一応の前提となつているので、作文(出題例として「幸福について」、「私の尊敬する人物」など)と人事部長の面接を行い、その結果に身体検査の結果を参酌して採用を決定する。なお、女子職員についても退職者の補充を次年度まで待てないときには中途採用を行うが、この場合には作文などの筆記試験は行わず、人事部長と配属予定先の部長とによる面接だけを行つて採用を決定している。

(2) 初任給

採用された職員の初任給は、給与規程によつて、定期採用者は世間水準により(七条)、中途採用者は学歴、経歴、技能、年令などを考慮して本人とほぼ同じ程度の他の職員の本給を参考として(八条)決定する旨定められており、ここでいう世間水準とは業者団体としての被告の性格から会員会社の実情や日本経営者団体連盟の初任給調査の結果を指している。また、女子職員についてやむを得ず大学卒、短大卒の者を採用する場合には高校卒の女子職員の初任給を基準としてこれに年令差を考慮して具体的に決定しているが、同じ時期に採用した男子職員の初任給よりも低い額となつている。

(3) 職員の配置及び昇進

男子職員は、採用後各部課に配属され、約五年ないし六年程度で当該分野について一人前となるが、各人の適性、能力あるいは業務上の必要から随時配置転換が行われている。一方、女子職員についてはその採用が退職者の補充のため行われるので、原則として退職者のいた部署に配置されることになり、男子職員のような配置転換を行うことはあまりなく、特に退職者の補充を新規採用によらずに賄う等の業務上の必要からそれを行うことはあつても、その数はそれ程多くはなかつた。

昇進については、男子職員は、おおむね採用後八年目(昭和四〇年代以前に採用した高校卒の男子職員はこれに年令差等を考慮して五年を加えた一三年目)に主任となり、その四年後に副長となり、以後成績により順次課長、次長、部長と昇進する。女子職員はその学歴に関係なく永年の勤務に対する功賞として勤続二〇年以上(中途採用者については前職の勤務年数を一定の割合で算入している)で主任に昇進できるだけである。

(4) 担当職務

前記2で認定したとおり男子職員は、採用当初から、企画、対外折衝等の比較的高度の能力、経験を要する職務を主として担当し、一方、女子職員は、定型的、補助的な職務を主として担当している。

(三) 男女による処遇の差異を設けた理由

以上のように、被告においては、男子職員と女子職員とで、その採用の方法に始まり、初任給、その後の昇給、昇進、担当職務に至るまで異なつた処遇を行つている。被告が採用及びその後の処遇においてこのような性別による差異を設けているのは、次のような理由によるものである。すなわち、定期採用の大学卒業の職員につき男子のみを対象として女子を対象としないことにしたのは、〈1〉各年度の大学卒業の定期採用人数が極めて少数であるから採用の事務効率化を図るために募集を行う大学と学部を限定しているところ、これらの学部には一般に女子学生が少ないから男子のみを募集するのが効率的であること、〈2〉対外折衝の相手方である外部の会社や機関の担当者は男子がほとんどであるから、被告としても男子を充てるのが適当であること、〈3〉女子は一般的に結婚、出産等により勤続年数が短く、幹部職員に要求されるキヤリアの蓄積を期待することが困難であること(昭和四三年から昭和五四年までの間の採用者数と昭和五四年六月現在の在職者数及びその割合を比べると、男子職員は五一名採用中四五名在籍の八八・二パーセント、女子職員は一七一名採用中四五名在籍の二六・三パーセントである。)、及び〈4〉被告の業務の都合上残業、出張、休日勤務が多いが、女子には母性保護の法的規制があるので機動的配置が困難であること等である。逆に、高校卒業の職員について男子を採用せず、女子を原則としているのは、女子の担当する職務に要求される能力の程度や担当する業務内容が日常の業務遂行の中で習熟し得るものであることからして、このような業務を担当するのは一般の会社等においても高校卒の女子であることから被告もこれに従つたということによる。

4  まとめ

被告は、被告の事務局においては、担当する業務が基幹的業務とその余の業務に分けられ、基幹的業務を男子に、その余の業務を女子に担当させていると主張する。そして、被告は、基幹的業務とは、各種委員会の事務局として鉄鋼業界が当面する重要問題に関して、その調査、研究、関係情報の収集、分析、資料の作成整理等に当たるとともに、委員会の運営を担当し、また、会員会社や官公署その他の外部の関係機関との折衝を行う業務であり、その余の業務とは、伝票処理等の内部管理事務、定例的な統計調査の収集やデータチエツク、資料や図書の整理、保管、貸出し、作成資料の印刷手配、校正、会議の会場手配や開催通知等のいわゆる定型的、補助的な業務であると主張している。

しかしながら被告事務局の業務には、右2で認定したように多種多様のものがあり、この中には、高度の専門的知識、能力を必要とするものから、そのような知識、能力をそれほど必要としない定型的なものに至るまで様々なものが存在している。しかし、これを被告の主張するように、基幹的なものとそうでないものとに明確に二分することは不可能であつて、たかだか処理の困難性の高いものから低いものまでその程度の異なるものがあり、その困難性の程度も様々のものがあるとしかいうことはできず、基幹的業務とその余の業務といつても相対的な程度の差であり、しかもそれを二分することは、困難性の程度の高さからいうと連続した多数の業務をある点で分割するという不自然なことをあえて行わなければならないこととなる。その上、被告事務局の各部課の中には、男子の主任や平職員が配置されないままで業務の遂行がされている部課も存在しているのであるから、被告の主張するとおりであるとするとこれらの部課は基幹的業務を行わない部課ということになりかねないのであつて、その不当なことは明らかである。

従つて、被告の事務局の業務が基幹的業務とその余の業務に二分されるとする被告の主張は失当であり、これを前提とする基幹的業務は男子職員に、その余の業務は女子職員に担当させているとする被告の主張は採用し難い。

しかし、他方、右に述べたように被告の事務局の業務には様々のものがあるけれども、その中には困難性の程度の高いものから低いものに至るまで様々のものが存在することは明らかである。そして、被告は、事務局の職員について男子職員は、主として重要な仕事を担当し、将来幹部職員へ昇進することを期待されたものとして処遇し、一方女子職員は、主として定型的、補助的な職務を担当するものとして処遇し、職員の採用に当たつても、右のように異つた処遇を予定していることから、それぞれ異つた採用方法をとつているというのが、その実態であるということができ、いわば「男女別コース制」とでも呼ぶのが相当である。

三  男子職員と女子職員の処遇の差異の合理性について

以上のように、被告は男子職員と女子職員について処遇に差を設け、これに伴つて賃金にも差異が生ずる結果となつている。原告村松は、同期採用、同学歴の男子職員より低い賃金しか支払われていないとして、その差額の賃金を請求し、また、原告村松及び同菊橋は、同期採用、同学歴の男子職員と同時期に主任に登用されるべきであるとして、主任であつたなら支払われたであろう賃金と現実に支払われた賃金との差額を請求している。このような賃金の格差は、前記のような男子職員と女子職員との処遇の差異に由来するものであるから、右のような処遇の差異が性を理由とする不合理な差別であるか否か、仮にそれが不合理な差別であるとして、そのことにより、女子職員の賃金が法律上当然に男子職員のそれと同一のものとなるべきものなのか否かについて検討する。

まず、被告が大学新卒者について男子のみを募集、採用する理由として主張する採用事務の効率化という点は、このようなことは男女平等の法的原理の実現を阻却するに足りる理由とはなり得ないというべきである。次に、折衝の相手方である外部機関の担当者が男子であることが多いこと、女子の勤続年数が一般的に男子より短いこと、及び母性保護規定が存在することを理由として、女子について一律に男子と異なる取扱いをすることも、仮に社会的にそのような実態が存在するとしても、男女両性に差異が存することを前提としてその本質的平等を図るべきものとする男女平等の法的原理に背馳するというべきである。昭和六一年四月一日から施行された雇用機会均等法七条が、「事業主は、労働者の募集及び採用について、女子に対して男子と均等な機会を与えるように努めなければならない。」と定めているのもこの理を明らかにしたものであり、この理は、同法の施行前においても同様に妥当するものというべきである。

このように、被告がその従業員につき前記のような「男女別コース制」を採用していることは、合理的な理由を欠くのであつて、法の下の平等を定め、性別による差別を禁止した憲法一四条の趣旨に合致しないものというべきである。しかし、このようにいうことができるからといつて、更に進んで、前記のように異なる採用手続の下に採用され、採用後も現実に異なつた仕事に従事してきた男女の職員の賃金を同一にし、女子の賃金を男子の賃金と同一にまで高めることが法律上当然の結果になるということにはならないと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。

前記のように、憲法一四条は私人間の行為を直接に規律するものではなく、性別を理由とする差別が私人間において違法とされ、法律上無効とされるためには、その差別が民法九〇条にいう「公の秩序」に違反するものでなければならない。そして、賃金についてはもちろん、賃金以外の労働条件についても、合理的な理由がないのに性別による差別的取扱いをすることが公の秩序に違反することも前記のとおりである。ところで、本件においては、結果的に男女の間に賃金の格差が存在するのであるが、それは、被告が前記のような男女別コース制を採り、事務局職員の採用に際し、幹部職員となるべき職員については男子のみを募集し、女子を募集していないことに起因しているのである。すなわち、本件のような男女別コース制は、従業員の募集、採用について、女子に男子と均等の機会を与えないという点において、男女を差別し、法の下の平等に反しているということができるのであるが、このような募集、採用の機会について男女を差別することが民法九〇条にいう公の秩序に違反するか否かについて考えると、労働者の募集、採用は労基法三条に定める労働条件ではないこと、雇用における男女の平等は、国内的にも国際的にもそれを目指した関係者の多年にわたる幾多の努力の結果ようやくその実現が図られつつあるのが現状であるということができ、昭和六一年四月一日に施行された雇用機会均等法もその一つの成果であるが、同法においても労働者の募集及び採用については女子に男子と均等の機会を与えることが使用者の努力義務であるとされているにとどまること、従来労働者の採用については使用者は広い選択の自由を有すると考えられてきたこと等に照らし、少なくとも原告らが被告に採用された昭和四四年ないし四九年当時においては、使用者が職員の募集、採用について女子に男子と均等の機会を与えなかつたことをもつて、公の秩序に違反したということはできないものと解するのが相当である。

また、仮に、募集、採用について均等な機会を与えないという意味での男女の差別取扱いが公の秩序に違反すると仮定しても、そのことが使用者の不法行為として損害賠償責任を生ずる余地があることは別として、そのような差別的取扱いの結果として、男子と同一の採用基準、採用手続による応募の機会を与えられず、男子とは異なる採用基準の下に異なる採用手続を経て採用された女子と使用者との労働契約中の労働条件の定めが法律上当然無効となり、異なる採用基準、採用手続の下に男子との間に締結された労働契約における労働条件が女子にも当然適用されることになるものと解する法律上の根拠は存在しないものというべきである。原告らは、労基法一三条を根拠として、女子についても男子と同様の内容の労働契約が締結されたことになると主張する。なるほど、同条によれば、労働条件についての男女の差別的取扱いが公の秩序に違反するとされる場合には、女子について定められた労働条件に関する部分の労働契約は無効となり、無効となつた部分は、同条の規定により男子について定められた労働条件が適用されるものと解することができるけれども、このような解釈は、労働条件の差別的取扱いについては妥当するものの、同一の採用基準による採用の機会を与えないという男女の差別的取扱いの場合には妥当しないものというべきである。けだし、このように解しないと、同一の採用基準によらないで採用された者が同一の労働条件を享受することができることとなり、かえつて不合理な結果となるからである。もつとも、採用基準及び採用手続を異別にすることが専ら女子を男子と差別するためにのみ行われたという特段の事情がある場合、すなわち、担当させる職務上は同一の資格、能力を要求しているのにかかわらず、女子を差別するとの意図の下に男子と女子とで採用基準、採用手続を異にした上、採用基準が別であるとの理由をつけて労働条件その他の処遇を異にするというような特段の事情がある場合には、採用基準、採用手続を異にすることは女子を差別する口実として用いられているというにすぎないのであるから、使用者がその採用した職員について同一の労働条件による取扱いをすべきことが強制されることがあるということができるが、本件においては、さきに認定した被告の職員についての採用手続、方法、担当する業務内容等に照らし、このような特段の事情があるものと認めることはできない。

従つて、いずれの点からしても、同期入社、同学歴の男子職員と同一の賃金の支払を求める原告村松の請求は失当であるし、男子職員と同様の条件で主任に登用されるべきことを前提とする原告村松及び同菊橋の請求もその前提を欠き失当である。

四  昭和五〇年度から五二年度までの基本給の引上げ及び一時金支給協定の効力について

昭和五〇年度基本給の引上げ、同年度冬季一時金、昭和五一年度基本給の引上げ、同年度の夏季一時金及び冬季一時金、昭和五二年度の基本給の引上げ並びに同年度の夏季一時金及び冬季一時金について、いずれも被告と組合との協定が締結され、その内容が原告ら主張のとおりのものであること、右の期間の賃金の引上げ及び一時金の支給が右協定のとおり実施されたことは、当事者間に争いがない。これらの事実によれば、右の期間の被告の事務局職員の基本給の上昇率及び一時金(昭和五二年度冬季一時金を除く。)の支給係数については、男子職員の方が女子職員より有利な取扱いを受けていたものということができる。

この点について、被告は、右各協定において男子、女子との表現が使用されているが、これは、男女を差別する趣旨ではなく、「基幹職員」を男子と表現し、「その余の職員」を女子と表現したもので、職員の職種の違いによつて、基本給の引上げ率や一時金の支給係数に差異を設けたにすぎないと主張している。しかし、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第一、第二号証の各一、二、第三号証、第四号証の一、二、第五ないし第八号証によれば、これらの協定(昭和五二年度冬季一時金協定を除く。)においては、職員を主任とそれ以外の者とに分け、それ以外の者は更に勤続年数又は年齢によりいくつかの階層に分け、そのそれぞれについて、基本給の引上げ率又は一時金の支給係数を、明確に男子、女子という文言を使つて男子、女子別々に定めていることが認められるのであつて、これらの協定中に男子職員及び女子職員の行つている職務内容やその職種の差異を理由として基本給の引上げ率又は一時金の支給係数に差異が設けられたことをうかがわせる文言は全く存在しない。また、賃金の引上げや一時金(成績評価に関する部分は除く。)は、一般に物価の上昇に対する補償や一時金支給対象期間中の労働に対する賃金の後払いや報償としての性格を有するものであることからして、従事する職務の内容によつて差異が設けられることは少なく、仮にそのようなことが考慮されているならば、そのことをうかがわせる事情が存在しなければならないが、そのような事情の存在を認めるに足りる証拠はない。そうすると、右の協定はその文言どおり男女を差別したものといわざるを得ない。そして、合理的な理由なく男女を差別する労働協約は、前記のとおり民法九〇条に違反して無効というべきである。

被告は、この点について、これらの上昇率や支給係数の差異は、鉄鋼業界の水準及びこれとの格差を考慮して決定されたもので何ら男女差別に当たらないと主張し、証人佐藤清三の証言により成立が認められる乙第一八号証及び証人山口潔の証言中には、右主張にそう部分があるが、他方、右山口証言によれば、鉄鋼業界では賃金の上昇率はいわゆる標準労働者方式により決定され、その具体的配分は別途の交渉で決定され、被告において行われたような男女別に異つた割合で決定されているものでないことが認められるから、被告の主張は失当である。

また、被告は、右各協定は被告と組合との交渉により労働協約として定められたものであると主張するが、男女の平等を内容とする民法九〇条の公の秩序の規定は強行規定であつて、組合の同意があるからといつて、その適用が排除されるものでないことは、いうまでもない。

そうすると、前記協定中、基本給の上昇率及び一時金の支給係数について女子を男子より不利益に定めた部分は、民法九〇条に違反して無効であり、無効となつた部分は、労基法四条、一三条の類推適用によつて、男子について定められたものと同一のものとなると解するのが相当である。従つて、原告らは、右期間中の基本給の引上げ及び一時金の支給につき、同一の条件(資格、経験年数又は年齢)にある男子職員に適用される協定内容により計算した額と現実に受領した額との差額(その額は、別表差額一覧表(二)の〈1〉、〈2〉、同表(三)ないし(七)記載のとおりであることは被告も明らかには争わないので、これを自白したものとみなす。ただし、別表差額一覧表(三)の五〇年度の差額一、〇〇〇円は九〇〇円の明白な誤りである。)を請求する権利を有することとなる。

なお、原告村松については、前記のように、同年採用、同学歴の男子職員との基本給及び一時金と現実の受給額との差額を請求しており、これが首肯し難いことは前記三のとおりであるが、同原告は右請求が是認されないとすれば少くとも他の原告らと同様に、基本給の上昇率及び一時金の支給係数についての労働協約が無効であることを理由として同一条件の男子職員の上昇率及び支給係数により計算した額と現実の受給額との差額を請求しているものと解するのが相当であるから、この限度で差額を請求する権利を有しているものというべきである。そこで、原告村松がその差額を請求し得る具体的な金額を算定することとする(後述のとおり時効によつて消滅しない昭和五一年二月分から昭和五三年三月分までの賃金及び昭和五一年夏季から昭和五二年冬季までの一時金を対象とする。)。前記甲第一、第二号証の各一、二、第三号証、第四号証の一、二、第五ないし第八号証によれば、右期間中に行われた賃金の引上げでは採用年次や年齢を同じくする者の間の格差や定期採用者と中途採用者との格差の是正等の措置がとられ、また、一時金の支給についても定期採用者と中途採用者との格差是正措置や成績加給が行われていたことが認められるから、原告村松が本来支給されるべきであつたとされる額の具体的な算出は困難であり、また、これを認めるに足りる証拠もない。しかし、原告村松に対して支給されていた基本給及び一時金の額(これは当事者間に争いがない。)を基礎にして、これに各協定における同原告と同条件の男子職員についての上昇率及び支給係数と同原告についての上昇率及び支給係数との格差分を乗じて得られた額については少なくとも同原告はこれを請求することができることが明らかであり、その額は別表原告村松てる子認容額一覧表に記載のとおりとなる。

五  消滅時効の抗弁についての判断

そこで、次に、右四で認められる差額賃金請求権に関する被告の消滅時効の抗弁について検討する。

賃金請求権は労基法一一五条の規定により二年間これを行わない場合に時効により消滅するものであるところ、昭和五〇年度分及び昭和五一年一月分の基本給の支給日並びに昭和五〇年度冬季一時金の支給日が本件訴えの提起の日より二年以上前であることは当事者間に争いがないから、右各賃金についての差額請求権は時効により消滅したものというべきである。原告らは、被告が消滅時効を援用することは権利の濫用であると主張するけれども、原告らが再抗弁で主張する事由をもつてしては被告の消滅時効の援用が権利の濫用であるということはできず、他に時効の援用が権利濫用であることを認めるべき証拠もないから、右各賃金請求権は時効により消滅したこととなる。

六  差額賃金請求についてのむすび

そうすると、原告らの請求のうち、昭和五一年二月分から昭和五三年三月分までの賃金の差額請求及び昭和五一年夏季から昭和五二年冬季までの一時金の差額請求は理由があるが、その余の請求はいずれも失当である。

よつて、原告らの請求は、原告村松において基本給につき金一万七四〇〇円、一時金につき金四万七四〇〇円の合計金六万四八〇〇円、同菊橋において基本給につき金八万七二〇〇円、一時金につき金八万二〇〇〇円の合計金一六万九二〇〇円、同高柳において基本給につき金二万七〇〇〇円、一時金につき金二万四一〇〇円の合計金五万一一〇〇円、同元子において基本給につき金三万八二〇〇円、一時金につき金三万〇七〇〇円の合計金六万八九〇〇円、同映子において基本給につき金四万八八〇〇円、一時金につき金五万六二〇〇円の合計金一〇万五〇〇〇円、同榎において基本給につき金七万二〇〇〇円、一時金につき金六万七六〇〇円の合計金一三万九六〇〇円、同船戸において基本給につき金五万円、一時金につき金四万二五〇〇円の合計金九万二五〇〇円の支払を求める限度で理由がある。

第二本件配転の無効と損害賠償の請求について

一  原告元子が昭和四八年六月に被告の事務局職員として採用され、以来被告の資料室に勤務していたこと、被告は同原告に対し昭和五二年九月一日に原料部業務課への配転を命じたことは当事者間に争いがない。そして前掲乙第九号証によれば、被告事務局職員の就業規則においては、「業務上の都合によつて転勤または所属個所を変更することがあります」(四〇条)との規定がされていることが認められる。

二  原告元子は、同原告は司書という職種を限定して被告に雇用されたものであつて、これが労働契約の内容となつているから、右就業規則の定めにかかわらず職種の変更を伴う配転については本人の同意が必要であると主張するので、原告元子と被告との間の労働契約の内容について検討する。

1  原告元子を採用するに至つた経緯等

成立に争いのない甲第八一号証、乙第二七号証の一ないし三、前掲甲第四九号証、証人窪田蔵郎の証言により成立が認められる乙第二二号証、証人佐藤清三、同中村才一の各証言、原告元子及び同村松の各本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 原告元子は昭和四五年三月に札幌香蘭女子短期大学英文科を卒業し、その際に司書資格を得、卒業後は株式会社紀伊国屋書店に入社して洋図書を扱う部署に配属されて昭和四七年一二月まで勤務していた。

(二) 被告事務局資料室(当時は情報システム部資料グループであつた。以下単に「資料室」という。)は、昭和四七年ころは情報システム部の資料グループとして位置付けられ、内外鉄鋼業及び関連産業の経済、技術に関する情報資料の収集、管理、提供及びレフアレンス、情報調査等のサービスに関する事項を取り扱つていたが、同年一二月三一日付けで、和図書雑誌の購入手続、受入手続、配架等の図書資料管理業務に従事していた大海朝子が結婚のために退職することになつたので、資料室では事務局職員の人事を担当する総務部秘書室に欠員の補充を要請した。その結果、昭和四八年度の定期採用予定者の中から毛塚潮美(同人は司書資格を有していない。)が配置されることになり、毛塚は同年三月から資料室でアルバイトとして働いていた。ところが、同月下旬になつて、資料室において従来鉄鋼技術情報の印刷、校正、発送の手配等の業務に従事していた宮田きく江が突然結婚のため退職する旨表明したが、その後任を新たに定期採用により補充することは時期的に困難であり、かつ、鉄鋼技術情報の刊行を遅滞させることはできないため、急拠、毛塚を宮田の後任としてその業務を引き継がせることとし、毛塚を予定していた図書資料管理業務を行わせる者を新たに求めることとして、その旨秘書室に要請した。

(三) 秘書室の人事担当次長佐藤清三は、昭和四八年五月中旬ころ、飯田橋職業安定所に赴き一般事務職員の求人依頼を行い、求人票中の業務内容欄には資料室の業務内容である図書雑誌の整理保管、機関誌の印刷、校正等の業務と記入した。

原告元子は、そのころ右職業安定所の優能婦人センターに赴き司書の仕事についての求人を探していたところ同センターの職員から被告の求人があることを告げられ、被告を訪れた。

(四) 被告においては従来から事務局職員の採用については採用の可否と配属部の決定事務を秘書室が行い、配属部内での担当事務の分配は当該部に委ねられていた。原告元子の応募に対して、被告では女子職員の中途採用の場合の採用手続に従つて、佐藤次長と配属予定先の情報システム部田中武二部長とが面接を行つた。両名は、面接において、原告元子に対して、被告事務局の概要、労働条件、配属予定の情報システム部の業務内容、人員構成等を説明し、原告元子の経歴、司書資格の有無等を質問し、面接後田中部長が資料室の中村副長に命じて職場を案内させた。

被告では、この面接後原告元子を採用することを決定したが、その際に原告元子を司書として採用することを明示したことはなかつた。なお、原告元子は、佐藤次長の求めにより、履歴書、卒業証明書、学業成績証明書を提出したが、その際に司書資格の証明書をも併せて提出した。そして、原告元子は、「事務局職員に採用する。本給月額五二、五〇〇円を支給する。情報システム部(資料室)勤務を命ずる。」との辞令を受けて、同年六月四日から勤務することとなつた。原告元子の資料室での業務分担としては、既に毛塚が鉄鋼技術情報に関する業務に従事していたので、以前大海が担当していた業務を引き継ぐことになり、その上で原告元子の紀伊国屋における洋図書部門での経験を生かして原告元子を洋図書担当とし、従前洋図書を担当していた原告村松が和図書を担当することになつた。

(五) 被告においては事務局職員につき司書職という専門職制度は設けられておらず、資料室に勤務する者の中には昭和三〇年代あるいは昭和四〇年代前半においては司書資格を有する者がいなかつたが、それ以降では大海朝子、原告村松がその資格を有しており、副長の中村も夜学に通つて資格を取得したほか、その後資料室に配属された長谷川敏子、三橋昌子も資格を有している等資格を有する者が次第に増えてきていた。もつとも、被告あるいはその資料室内において司書資格を取得することが特に奨励されているとか、資格取得者に対して手当が支給されるということはなかつた。

2  以上に認定したように、資料室において司書職をおくことが法的に義務づけられているものではなく、実際にもこれまでの図書資料管理業務の従事者が必ずしも司書資格を有する者ではなかつたもので、大海の後任として当初配属が予定された毛塚も資格を有してはいないこと、被告の事務局職員に対する処遇の内容として司書職という専門職制度を採用しておらず、資格取得を奨励するとか資格者に手当の支給を行つたりすることはしていないこと、被告の職業安定所に対する求人申込みの経緯及びその内容、原告元子に対してもその採用に当たり司書資格を証する文書の提出を求めることもしていないこと、更に、原告元子に対する辞令も事務局職員としての採用辞令であること(「情報システム部(資料室)勤務」ということは単に勤務部署を記載したものにすぎず、これをもつて職種の限定を行つたものとも解し得ない。)からすると、原告元子が、明示的にはもちろん、黙示的にも、司書職として職種を限定して雇用されたものと認めるに足りないと解するのが相当である。

これに対して、原告元子は、資料室が鉄鋼関係の図書等を収集しこれを外部に提供公開している専門図書館であつて、被告は司書資格を有している者を募集することとし、そのために特別の資格や技能を有する女子の求人求職だけを取り扱う飯田橋職業安定所の優能婦人センターに求人の申込みをし、原告元子は同センターからの紹介によつて被告を知り応募したものであつて、被告もその旨を十分に知悉していた旨主張する。そして、成立に争いのない甲第二六号証、第二八号証、第四〇ないし第四八号証、第五四ないし第五六号証、第七三号証の一ないし三、第七四号証、原告村松及び同元子の各本人尋問の結果によれば、資料室は鉄鋼業に関する蔵書約二万冊、和洋雑誌七〇〇誌を有しており、被告事務局や会員会社のほかに資料室の業務に支障のない限り一般の外部の者に対しても利用を認めており、法律上の位置付けはともかくとして鉄鋼業に関する専門的な図書館として機能していること、被告が文化庁に対して、資料室につき複写許可施設の指定申請を行つた際には、資料室の性格を右のようなものとして記載し、資料室に司書有資格者が配置されている旨の記載を行つていたこと、優能婦人センターは高度の知識と技術を身につけた家庭婦人のパート求職者の就職と事業所における技術者不足の解消を目的として設置されたもので、原告元子と同様に司書資格を有し資料室に勤務していた大海朝子と原告村松も同センターの紹介で被告に雇用されていることなど原告元子の主張にそう事実を認めることができる。しかし、資料室が専門的図書館としての性格を有しているとしても、そのことによつて必ずしも司書という専門職をおかなければならないものではなく、司書資格を有する者を配置することがより望ましいということを意味するにすぎず、その者の処遇を被告事務局の組織内でいかにするかはまた別の問題であるといわざるを得ない。被告の採用方針が退職者の補充を原則としていること、原告元子の求人に至る経緯、採用手続の際に簡単な面接だけで採用を決定しておりその能力を考査する格別の手続もとつていないこと、被告の事務局職員に対する処遇の方針や配転について格別の除外事由を規定せず包括的な定めをしている就業規則の規定の内容などを考え併せると、少なくとも原告元子の採用時において、被告が原告元子を司書の職務に従事させ、司書以外の職務には全く従事させないとすることまでを予定し、認識していたものとは考えることができない。従つて、この点についての原告元子の主張は理由がない。

三  そこで、本件配転の必要性及び合理性の有無について検討する。

1  本件配転命令に至る経緯

前掲乙第八号証、第一二号証の二、第一九号証、証人佐藤清三、同竹下勅三及び同中村才一の各証言によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告の事務局職員の配置及び配転についての考え方は前記第一の二3(二)(3)のとおりであつたが、昭和五二年当時においてはおりからの業界の不況を反映して業者団体である被告としても事務局の経費の節減に努める必要があり、人事面においても人件費の増加を抑制するため、男子職員については当分の間原則として退職者の補充は行わないこと、女子職員についても従来の退職者の補充を新規採用で賄うという原則を修正して新規採用を差し控えるとともに業務上特に補充の必要があるときには配転によつて賄うこととする方針を立てていた。

(二) 平電炉部平電炉課は昭和五二年七月女子職員菊池エイ子が退職したので、その後任を強く秘書室に要請してきた。その事情は次のとおりである。

平電炉部平電炉課は、平電炉普通鋼業界の基本的諸問題の調査研究や平電炉普通鋼の生産、需給、価格、原材料等の調査に関する事項を取り扱う課であり、当時課長、副長各一名、男子平職員二名、女子職員二名で構成されていた。当時平電炉業界においては石油シヨツク以来の不況に直面して数次に及ぶ不況カルテルを実施してきたにもかかわらずその効果はなく、不況が深刻化する一方であつたところ、そのカルテルの認可も昭和五二年八月に期間が満了することとなり、カルテルの認可を更に延長するよう関係機関に陳情、折衝することや平電炉業界の構造改善事業の推進についての業界各社の意見の取りまとめを行うことが急務となつており、これに伴う基礎資料の集計や意見の取りまとめが急がれるという状況にあつた。そして被告の平電炉部平電炉課は被告事務局としての業務のほかに右のような事項を担当している平電炉普通鋼協議会の事務局をも担当しており、その一環として右の業務処理の必要が生じていたところ、同課の副長が当時外部機関に出向中であつたうえ、同年七月に前記のように菊池が退職するに至つた。そこで同課としては菊池の補充として即時に役立つ職員の補充を強く要請するに至つた。

(三) 平電炉課からの要請を受けた秘書室では同課の要請をやむを得ないものと認め、前記の方針に従い菊池の後任は配転によつて賄うこととし、その具体的人選に入つたが、従来同課の鉄屑需給関係統計や電力使用状況の統計の集計業務を手伝つていて、同課の業務内容についてある程度の知識を有している原料部業務課の矢部喜久江が適任であると判断した。

そこで原料部に対してその旨を打診したところ、原料部では、矢部の転出はやむを得ないとして承諾するが、当時の原料部の業務内容及び事務量からしてその後任をできるだけ早く補充されたく、その際には資料の整理、保管業務の知識経験を有し、できれば簡単な英文の読解力のある者であることが望ましいとの意向であつた。

(四) そこで秘書室では、資料の整理、保管業務に知識経験を有している資料室配属職員の中から矢部の後任を選任するのが適当であり、原告元子が短大の英文科を卒業しているので適任であろうと考えた。一方、人員を一名割くよう求められた資料室からも、女子職員三名中当時長期病気療養中であつた長谷川敏子を除外し、残る原告元子と原告村松のうちでは戦力の低下を避けるためにも図書資料管理業務の従事期間が長い原告村松を残し原告元子を転出させる方が都合が良いとしたので、秘書室においては、原告元子を矢部の後任とすることを決定した。なお、前掲乙第一九号証及び証人佐藤清三の供述中、当時資料室においては資料情報の強化を指向していたところ、資料室の女子職員はこれになじみにくい傾向にあつたので、他部に所属させて見聞を広めるべきであるとの見地から本件配転が決定されたとし、今後は女子職員についてもこのような教育的見地からの配転を行うとの方針があつたとする部分は、信用することができない。

2  以上の認定事実からすると、原告元子に対する本件配転についてはその必要性及び合理性を首肯することができるものというべきである。これに対し、原告元子は、本件配転で転出した原告元子の後任には統計部統計管理課に所属する江田光子(同人は司書資格を有していない。)を充てているが、矢部が原料部業務課で従事していた業務内容と江田の従事していた業務内容との親近性及び資料室が当時情報機能の強化を指向して拡大傾向にあつて人員を割く余裕は全くなく、現に本件配転によつて資料室の戦力が低下していることからして、矢部の後任には直接江田をあてる方が合理的であつてその間に原告元子の本件配転を介在させる必要はないのであり、それにもかかわらず本件配転を強行したのは、二本立処遇を男女差別であるとしてこれに反対する活発な活動を行い、実際にも基幹的な職務である司書の職務に従事していた原告元子から司書の職務を奪い、男女差別をより一層押し進めようとする被告の不当な意図の表われである旨主張する。そして、前掲甲第四九号証、乙第一九号証、成立に争いのない甲第三〇ないし第三四号証、第五三ないし第五六号証によれば、江田が司書資格を有していないこと、資料室は昭和五二年七月に著作物の複製許可施設に指定され、その外部利用者も次第に増加傾向にあり少なくとも年間二〇〇〇名以上に上つていたのに、右指定からわずか三月後の、また、本件配転の一月後の同年一〇月に一般の外部の利用を制限するに至つたことを認めることができる。これらの事実からみると、先の一連の配転を行う業務上の必要を充足するためには本件配転を行う外に方法はなかつたか否か疑問の余地があるということができよう。しかしながら、本件配転については前記のようにその必要性と合理性を首肯し得るものであるし、仮に被告において原告が主張するような意図があつたとするならば、原告元子と同じ職務により長く従事し、また同原告と同様の活動を行つていた原告村松を異動させるのがより効果的であろうとも考えられるのにそのような挙には出ていないこと、前記のように原告元子の職務は格別司書という職種が限定されていない一般の事務職であること、本件配転はこれによつて勤務場所、勤務条件その他の労働条件に格別の差異をもたらすものではなく、同一勤務場所内のいわば配置換えにとどまることなどを考え併せると、本件配転をもつて被告の人事配置上の合理的な裁量の範囲を逸脱した違法なものとまではいうことができない。

そうすると、本件配転は就業規則四〇条に定める事由が存在して有効であるから、これが無効であることを前提とする原告元子の請求はいずれも理由がない。

第三原告佐々木元子に対する訓戒処分の無効と損害賠償等の請求について

一  訓戒処分の無効確認の訴えについて

原告元子は、本件配転命令に対する同原告の言動に対して被告が同原告について行つた訓戒処分は無効であるとしてその確認を求めているところ、被告は訓戒処分の無効の確認を求める訴えは不適法であると主張するので、この点について検討する。

前掲乙第九号証によると、被告の就業規則においては、三五条において一三項目の懲戒事由を定め、これに該当する事由があつた場合には三六条、三七条において懲戒委員会に諮問した上で、けん責、出勤停止、降格、諭旨退職及び懲戒解雇の五つの処分を行うものとし、ただ三八条において反則が軽微であるか又は特に情状酌量の余地がある場合には懲戒を免じ訓戒に止める旨の規定がされており、また、訓戒の効果についての格別の規定がないことが認められる。これらの規定によると、訓戒は懲戒事由が存在することを前提として行われるものであるということができるけれども、これが懲戒処分ではないことが明らかであるし、また訓戒を受けることにより直接いかなる効果が発生するかの規定もないのであるから、訓戒は単なる事実行為であるとみる外はない(この点は原告においても自認しているところである。)。そして、このような過去の事実行為についての無効の確認を求める訴えは、原則として許されず、ただ、その無効を確認することが現在又は将来生ずるべき紛争の抜本的な解決のために最も有効適切であると認められる場合に限つて例外的に許されるものと解すべきところ、本件の訓戒によつて原告元子の労働契約上の地位に直接何らかの効果が生じるものではなく、また、訓戒を受けることによつて仮に将来の人事考課、昇給昇格、一時金の支給率の決定等に際して何らかの不利益を受ける蓋然性が存するものとしても、これは単なる事実上の不利益であつて、当該事態について別個にその救済を求める前提として訓戒の瑕疵を主張立証すれば足り、訓戒の無効を確認しておかないと当該紛争を解決し得ないものでもないから、結局本件訴えはその無効の確認を求める訴えの利益がなく、不適法なものといわざるを得ない。

二  損害賠償等の請求について

被告の原告元子に対する本件配転命令が有効であることは前記のとおりであるところ、被告が昭和五二年九月一六日、原告元子に対して、同原告が、本件配転を命ずる辞令の受領を拒否したことをもつて、業務命令に違反し職場秩序を乱したとして訓戒を行つたこと、被告がこの訓戒をするに至つた経緯についての抗弁1の事実(ただし、原告元子がもつぱら司書資格に関連づけて自己の主張を強調するのに終始したこと及び反抗的な言動に終始したことを除く。)は当事者間に争いがなく、また、証人佐藤清三の証言によれば訓戒は原告元子を他の事務局職員のいない応接室に呼んで行つたものであることを認めることができる。

以上の事実によると、原告元子が辞令の受領を拒否する正当な理由は存しないから、被告が、辞令の受領を拒否したりその際に示した原告元子の言動をもつて、前掲乙第九号証によつて認められる懲戒事由である「業務上の指揮命令に違反すること」(三五条四号)に該当するとして原告元子に対して訓戒をしたことは格別不当なものであるということはできないし、また、訓戒をしたことが原告の名誉をき損したということもできない。よつて、原告元子の損害賠償及び謝罪文の掲示の請求はいずれも理由がない。

第四弁護士費用

原告らは、被告の債務不履行ないし不法行為により受けた損害賠償として、弁護士費用の請求をしているところ、原告らは原告ら訴訟代理人である各弁護士に本件訴訟の提起、追行を委任し、代理人らが本件訴訟を通じて訴訟活動を行つてきたことは記録上明らかである。しかし、本件において原告らが請求することができる権利として認容されるのは前記のように賃金債権(基本給及び一時金の支払請求権)の債務の履行を求める請求にほかならないのであるから、原告らにおいてこれに対する遅延損害金を求めるのは格別として、このほかに弁護士費用を請求することができる根拠はないものといわざるを得ず、原告らの請求は失当である。

第五結論

以上のとおり、原告らの本訴請求は、差額賃金請求の一部、すなわち原告村松てる子については金六万四八〇〇円、同菊橋浩子については金一六万九二〇〇円、同高柳雅子については金五万一一〇〇円、同佐々木元子については金六万八九〇〇円、同佐々木映子については金一〇万五〇〇〇円、同榎由紀子については金一三万九六〇〇円及び同船戸洋子については金九万二五〇〇円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年二月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、原告佐々木元子の訓戒処分無効確認の訴えは不適法であるからこれを却下し、原告らのその余の請求は失当であるからこれを棄却し、仮執行宣言の申立てについては相当でないからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今井功 藤山雅行 星野隆宏)

(別表)

差額一覧表(一) 村松てる子

〈1〉基本給

年度

昭49

年度

昭50

年度

昭51

年度

昭52

年度

昭53

年度

昭54

年度

昭55

年度

昭56

年度

昭57

年度

本来支給額

112,400

123,600

136,000

142,200

153,000

171,000

193,000

216,000

支給額

82,500

95,300

105,400

117,500

122,800

131,400

146,600

164,700

184,000

差額

月額

17,100

18,200

18,500

19,400

21,600

24,400

28,300

32,000

年額

205,200

218,400

222,000

232,800

259,200

292,800

339,600

384,000

合計 2,154,000

〈2〉主任手当

年度

昭53年度

昭54年度

昭55年度

昭56年度

昭57年度

本来支給額

0

20,000

21,000

21,000

22,000

支給額

0

0

0

0

0

差額

月額

0

20,000

21,000

21,000

22,000

年額

0

240,000

252,000

252,000

264,000

合計 1,008,000

〈3〉一時金

年度

昭50年度

昭51年度

昭52年度

昭53年度

季別

本来支給額

307,000

309,000

320,000

348,200

371,100

384,100

389,700

389,700

支給額

249,000

251,000

254,000

274,800

308,900

320,700

336,600

336,600

差額

58,000

58,000

66,000

73,400

62,200

63,400

53,100

53,100

年度

昭54年度

昭55年度

昭56年度

昭57年度

季別

本来支給額

532,000

567,000

644,400

700,000

748,000

780,000

829,000

829,000

支給額

386,000

412,000

475,000

520,000

561,000

583,000

621,000

621,000

差額

146,000

155,000

169,000

180,000

187,000

197,000

208,000

208,000

合計 1,937,200

(注)(1) 本来支給額とは原告と同一条件(昭和46年入社、大卒男子)の基本給及び一時金をいう。一時金については、昭和52年度までは成績加給を含まない額であり、昭和53年度以降は成績加給を含む額である。

(2) 年度とは、当該年の4月から翌年の3月までをいう。以下の各表においても同様とする。

以上合計 〈1〉+〈2〉+〈3〉=5,099,200

(別表)

差額一覧表(二) 菊橋浩子

〈1〉基本給(月額)

年度

昭49年度

昭50年度

昭51年度

昭52年度

計(年額)

本来支給額

109,000

121,900

135,300

支給額

93,600

107,600

118,900

131,400

差額

2,200

3,000

3,900

109,200

〈2〉一時金

年度

昭50年・冬

昭51年・夏

昭51年・冬

昭52年・夏

昭52年・冬

計(年額)

本来支給額

304,100

310,700

343,100

367,600

378,300

支給額

288,000

295,000

319,800

345,100

357,800

差額

16,100

15,700

23,300

22,500

20,500

98,100

〈3〉主任手当

年度

昭53年度

昭54年度

昭55年度

昭56年度

昭57年度

本来支給額

18,000

20,000

21,000

21,000

22,000

支給額

0

0

0

0

0

差額

月額

18,000

20,000

21,000

21,000

22,000

年額

216,000

240,000

252,000

252,000

264,000

合計 1,224,000

〈4〉一時金における主任手当加給分(成績加算を含む)

年度

昭53年度

昭54年度

昭55年度

昭56年度

昭57年度

季別

本来支給額

49,600

53,920

61,400

65,400

71,300

77,390

74,240

77,390

77,460

77,460

支給額

0

0

0

0

0

0

0

0

0

0

差額

49,600

53,920

61,400

65,400

71,300

77,390

74,240

77,390

77,460

77,460

合計 685,560

以上合計 〈1〉+〈2〉+〈3〉+〈4〉=2,116,860

(別表)

差額一覧表(三) 高柳雅子

基本給(月額)

年度

49年度

50年度

51年度

52年度

計(年額)

本来支給額

72,200

78,300

85,000

支給額

62,000

71,300

77,300

83,900

差額

1,000

1,000

1,100

37,200

(注) 本来支給額とは、同一条件下の男子の昇給率により、算出した額をいう。以下差額一覧表(四)ないし(七)において同様とする。

一時金(成績加給は含まない。以下差額一覧表(四)ないし(七)において同様とする)。

年度

50年・冬

51年・夏

51年・冬

52年・夏

52年・冬

本来支給額

192,800

196,400

212,000

222,000

227,800

支給額

186,000

190,000

204,700

216,200

223,200

差額

6,800

6,400

7,300

5,800

4,600

30,900

以上合計 68,100

差額一覧表(四)~(七)〈省略〉

(別表)

原告村松てる子認容額一覧表

(100円未満切り上げ)

〈1〉 基本給

年度

49年度

50年度

51年度

52年度

基本給

82,500

95,300

105,400

117,500

協定格差分

2.5%

0.5%

0.5%

差額

2,100

500

600

新基本給

97,400

105,900

118,100

認容額

4,200

6,000

7,200

17,400

〈2〉 一時金

年度

51年夏

51年冬

52年夏

52年冬

基本給

(〈1〉の新基本給をいう)

105,900

105,900

118,100

118,100

協定格差分

0.07

0.129

0.109

0.112

(0.109×

1.030)

差額

7,500

13,700

12,900

13,300

47,400

以上合計 〈1〉+〈2〉=64,800

別紙謝罪文〈省略〉

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